スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

U2 3D

20090313.jpg
U2ライブ見てきました。
と言っても映画、U2 3D.

まるで会場にいるようなリアル感はスゴイ!
スゴイけど“跳びだすメガネ”これがちょっといただけない

僕はメガネをかけるからメガネの重ねがけだ。
3Dメガネをはずせば乱視状態のボヤボヤ
そんな状態で熱くリズムをきざんでいる自分を違うところから見ていたりする。

妙ににリアルだから妙に中途半端

U2は間違いなくカッコイイし、間違いなくのれる♪
せめてボノのグラスにしてほしかったぁ

U2好きの方 是非映画館に向かい感想を聞いてみたい。
スポンサーサイト

4回目の再発。

20060706151234.jpg

 昨日話した病理の結果が出ました。

 とても残念ですがどうすることもできません。

 臍帯血移植から約150日。 東大医科学研究所付属病院を退院して約2ヶ月。

 4度目の再発。 初発から5年目。

 受け入れる事が大事。

 先へ進め。
 
 病気に向き合え。

 家族の為にも、自分にも。 応援してくれている皆のためにも。

 諦めるな。

 大丈夫、なんとかなる。

 と、言い聞かせている僕は今こうしてしっかりと生きているんだから

心地いい空間を提供したいな。 day -4

 ブログを読んで頂きありがとうございます。

 以前にも話しましたが、こうして書いている事で僕は随分助けられています。
ただ不安を皆さんに与えているのではないかと、心配です。
そう感じているようでしたら大変申し訳ありません。

 本来ブログをスタートしたきっかけは、R’s:mew(アールズ・ミュー)美容室に来て頂いている方や、関係されている方の、お知らせの為に作りました。
R’sのスタッフに僕の病状を聞かれたら、なかなか説明できないだろうし、雰囲気も重くなってしまう。
「キレイになる時間」だったり「心地よい空間」がそうでなくなってしまう。
であれば、僕から発信し、気にされている方に見ていただければサロンでスタッフから説明しなくてもいいのではないか。 そう考えて再発時の2004年から始めました。
(プログ形式にしたのは今回の再々発からです)

 今では話すことで自分に言い聞かせ、ポジィテブになれる事。 逆に皆さんから応援していただき助けられているのが事実です。 本当にありがとうございます。

 話が戻りますが、R’s:mewは「心地よい」が基本でもあります。
ここで焦ったりはしていませんが、小さくてもいいので早く戻りたいと思っています。

 相変わらず、何が言いたいのかチンプンカンプン文章ですね。

 チンプンカンプンついでに。
ガンもいろんなタイプがあります。僕と同じタイプでもそれぞれ違いますし、年齢や体質。再発を繰り返せば更に治療方法や対策も大きく変わってきます。一つとして同じ病状はないわけです。

 治療方法も1,2年前とは随分変わってきます。 臍帯血移植も典型的でしょう。
もちろんリスクもあるでしょうが、リスクのもつマイナス面をプラスに転じる考えを持っていないと成長もないように思えます。
(いろんな面で言えることですし、美容師もそう、さらにフォローする努力も絶対必要です)

 しっかりガンと向き合える気持ちを持てるよう、環境も整えていけば、そう不安ばかりではなく、いろんな発見もあります。
なので、皆さんもあまり不安になったりしないでくださいね。
 
 これからもテキトーに頑張ってゆくぞーーーー!

いままでの経過とこれから。

20051204.jpg

 すこぶる良好です。
 
 本日もキョーミノ注のみ。ゆっくりと時間が流れています。
眠剤は飲んでいますが、気持ちもとても穏やかになっています。
日曜日はお風呂がおやすみのため、熱い蒸タオルで身体を拭きます。
ウガイ15~20回、手洗いも動くたびに泡立て洗いをし、ウエルパス(殺菌アルコール)を続けています。
表面的には除菌できても、心の中まではなかなか除菌できない私です。表面的にも微妙だろ!ハイ(苦笑

 あらためて、私の経過とこれからの予定を話します。

2002. 初発。(37歳)
脇の下にシコリ(固めのコリコリ感)を感じ病院へ、当日の触診にてほぼ断定。
脇の下を生検結果(皮下腫瘍オペ)、告知。 その後、右精巣も腫れ、疲れやすくなる。
悪性リンパ腫 びまん性 大細胞性 B細胞 非ホジキン 精巣原発 ステージⅣ。(ステージとはガン進行レベルの値でⅠ.Ⅱ.Ⅲ.Ⅳ.とある) [悪性リンパ腫の精巣原発は稀少で世界的にもデータが少ない]
抗がん剤治療+右睾丸切除+左精巣放射線治療30グレイ+お腹周り放射線治療30グレイ。
治療後半で間質性肺炎にかかり肺炎治療へ(大量、副腎質ホルモン剤投与)。退院。

2004. 再発。 (初発時の主治医の勧めにより長岡日赤へ)
内腿に小さなシコリを感じる。
生検結果、ステージⅠと告知。
抗がん剤治療+大量抗がん剤治療後に自家末梢血幹細胞移植。退院。

2005. 再々発。 (抗がん剤治療方法9/21参考)
7月お腹一部にシコリを感じる[本人覚悟する]。
疲れやすく、物に触れただけで打身のような痛さを感じる、全身にシコリ出没。
生検結果、骨髄検査結果(骨の中の髄液)、異形細胞(+)、骨髄浸潤(+)ステージⅣと告知。生存率、かなり短い月単位。
9月20日に入院。
抗がん剤治療中(現在位置)+ 8日の転院後も抗がん剤治療や検査+全身放射線(予定)+大量抗がん剤治療(予定)+さい帯血移植(予定)。 
(12月中頃、骨髄異型性症候群も併発)
生着し、その後HLAの不一致をともなう移植拒絶、GVHD、感染症等の経過観察や治療を行なう予定。

 必ず退院します。  しかし退院予定日は随分先になるでしょう。

(現主治医と再発時の主治医の深い交流もあり、治療途中での転院予定は当初より決まっていました。もちろん最終的には私の判断です)11/24参考。

 しつこいのですが、初発時の主治医、現在の主治医、そしてこれからまたお世話になる前回の主治医にとても感謝しています。


 ↓[2006.10月に以下を更新]↓
2006.1月26日 臍帯血移植し一通りの急性GVHDを経験。
退院直前にサイトメガロウィルス感染し治療後4月に医科研を退院するが、移植後に左手、両足が神経障害になる。

新潟.長岡へ帰る。

2006.4月再びサイトメガロウィルスにて長岡赤十字病院入院。 入院中、皮膚に腫瘍を感じ生検。 
四度目の再発告知。 移植後、間もない事や過去の抗がん剤量、種類、放射線量が多いことから、延命治療となり現在にいたる。

2006.10月に長岡日赤を退院。手足の神経障害は消えず。
退院翌日よりサイトメガロウィルスが確認され、二週間点滴に通う。

写真. 1997に「パッピーバースデー 命かがやく瞬間」を大幅に再編集し、2005.4月に初版した『ハッピーバースデー』。教育カウンセラー青木和雄さん、吉富多美さん作者。
とにかくいろんな方々に読んでほしいと思いました(年齢や立場など)。 まいりました。
注意.人前では読んではいけません。読めません。
プロフィール

R Y O J I

Author:R Y O J I
リョウジのヒトリゴトです。
2005.9.20よりブログ開始しました。
今後とも宜しくお願いします。

●発症、経過は2005.12.4に記載。
●ブログの動機は2006.1.22に記載。
●四度目の再発の想いは2006.7.1。

カレンダー
08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
最近の記事
リアルタイムカウンター
現在の閲覧者数:
トータルカウンター
最近のコメント
カテゴリー
月別アーカイブ
最近のトラックバック
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

リンク
ブログ内検索
RSSフィード
このページのトップへ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。