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12月1日(水)

 少しずつは良くなってきているが、とにかく気持ち悪い。
声はなかなか出ないので、うなずいたり、力のない細い声で返事をしているが、聞き直されたりした時には辛い、すべてが精一杯。

食事はもちろん食べていない、水分は少し含むが20日間、口から何も入れていない、考えるだけで吐き気がする。
これからもずっと、食べなくていいと真剣に考えてしまう。

血液数値もかなり低いが、輸血のデメリットも考慮し当分しない方向に決まる(ギリギリのラインで見てゆくそう)。
そして、抗生剤での薬漬けで肝機能数値(ALP)が上昇、抗生剤も少なくしてゆく方向になりました。
早く時間が過ぎてほしい、 僕じゃなくなりそうだ。

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11月31日(火) 「+12」

 四日分の「ヒトリゴト」を携帯から送り、pcにようやく貼り付ける事が出来ました。
まだメールチェックまで手が出ません、申し訳しわけありません。
もう少しお持ち下さい。

12月2日(木)

 午後から少し楽。
夜中12時より、腹痛がひどくなり、汗掻きながらお腹を抱えていた。
腸の動きが悪く、便やガスが溜まっていたんですね。 朝になり浣腸を初体験しました。
入れてから十分位我慢すると良いらしいが、一分が限界だった。
ウサギの糞が二つとガスが出て、多少お腹の張りがなくなり、痛さはあるものの「もぎれ感」はなくなり、浣腸がクセになりそうだ。
それより嬉しかったのは、下痢でなく“ウサギ”だった事。 
本当に嬉しい。 下痢よ、サヨナラ。
もう一息だ、頑張れ。

12月3日(金)

 今日から9日まで、僕の主治医は学会の為、アメリカへ行きました。
少し心細い感じもしますが、僕はもう大丈夫。
体重は抗がん剤を入れてる時に53キロまで落ちましたが、一週間前には下痢でありながら61.5キロまで上がりました。
これは、むくみからくるもので強制的に離尿剤の注射でオシッコを出し、今日は55.4キロです。
主治医曰く、筋肉なども取れてしまってるので50キロ位まで落ちているのでは、と言っていました。(食事を摂っていないが、栄養剤は常に入っています)

午後から看護師さんがお湯を使って足を洗ってくれるそうです。
ずっとお風呂に入っていなく、毎日蒸しタオルだけだったので楽しみだな。 
下半身冷え性でいつもホットパックを指先に置いている、僕にとっては待ち遠しい時間です。

12月4日(土)

 血液の内容は一般の方から見れば極端に低いけど、少しずつ上がってきています。
相変わらず睡眠がうまく取れないので、眠剤を少し強いものにしてもらいました。
二時間は寝れましたが、その後起きてしまった、なかなかうまくはいきませんね。

今、止まっている抗がん剤(リツキサン・副作用があまり強く出ない種類)は来週からスタート予定。
ここまで来たらもうひと頑張り、頑張らなくちゃ。

12月5日(日)

 気が付けば師走なんだよね。 いろいろと慌しい月なんですよね、気持ちもそう。
お店の方も忙しくなり始めてきた。 
外は風が強く寒そう、みんな、みんな体調崩さないように気をつけてほしいと願う。
健康が一番だと思う、体が壊れていたら何も出来ない。
心のコントロールもうまくいかない場合も出てきたりする。

肩の力を抜いた生き方が出来たら良いね。
カッコつけないで、人がどう思うかなんて気にしないで、楽に自分らしく生きれたら良いね。

僕はうまくないんだよな、これは来年の抱負、いやこれからの生き方かな。そうしょうとする努力も大切ですね。

12月6日(月)

 ようやく鼻をかんでも血がでなくなりました。
今までは鼻をかむと、血の方が多い鼻水が出て、それも赤いアメーバーの様なものが鼻からずっと伸びて止まらない。
結構気持ち悪いんですが途中で切ることも出来ず最後までそっと抜く。 そのあとは、ほとんどの確立で鼻血。
血小板数値が低いのと、肝臓に負担かけないように24時間シリンジポンプ(1)で血液を固めない薬(2)を入れているので、鼻血がなかなか止まらない。口の中は血だらけ状態。
だから鼻をかむ時は片側ずつしかかまない。それも三日おきにね。
昨日からは両方かめる、なんて気持ち良い事なんだろう。幸せを感じる。

夜中から朝方まで雷が続きましたね、なかり近い雷もありました。地震の次は落雷かと真剣に思う。
病院のTVは落雷で止まってしまう。やはり。

説明)(1)大きい注射器をセットし、少しずつ点滴のように体に送る機械。(2)ノボ・へパリン

12月7日(火)

 下痢が止まってから5日目ですが、まだ便が出ていない。高カロリーを点滴で入れている場合は便は少ないらしいがガスもあまり出ないので、時々痛くなる。 そろそろ浣腸の出番か。

昨日、彼女に(妻)いいとこ見せようと、25日?振りに口からものを入れてみました。
食べたものは「道場六三郎のゴマプリン」。
鼻からの香りは多少するものの、味覚をまったく感じない。
甘いのもを食べたくなかったのでちょうど良かったが、まるでシリコンを食べている感じだった。
とりあえず全部食べたが25日振りにしては感動がない。

彼女が帰った後、先生に聞いたら「胃の粘膜、腸の粘膜もそうだが、舌の味覚を感じる機能もかなり低下しているのでやむ負えないよ、徐々に回復してくるから大丈夫」と。
本当かぁ、と思うほどまったく感じない。 
もう少し元気になれば空腹感もでてくると説明されたが、そんな時がくるのだろうかと思う。 

睡眠もほとんど取れず、筋肉もすっかりなくなって、このクリーンルームの室内にあるトイレまで行くのにフラフラしているのが情けない。
元気になったら廊下に出て歩行のリハビリしなきゃ。 頑張れ。

12月8日(水)

 「腹が空く」って幸せな事だよなぁ。ものを食べたいと思う欲求があるって事。
そしてモリモリ食べれたら最高だね。

「お腹がグルグル」ってする事も感謝だよなぁ。ちゃんとウンチが出てくれる合図。
そしてしっかり出たら最高だよ。

「気持ちがモヤモヤ」ってする事も時には大事だよね。常に前向きなんて疲れちゃうよ。
そして脱出できたら最高。

「眠くてあくびする」っていいよね。陽が沈んだら、つまんない考え事はしない方が良い。
そしてぐっすりと眠れたら本当に最高。

こんなことだけど今、本当に感じている。
でもね、元気になってくると次第に忘れちゃうんだ。
もっと大切に一日を過ごさなければもったいないね。  自分の賞味期限は体に貼っていないからね。移植後の回復

12月9日(木)

 いいぞ。お通じが昨日出てくれた。三回も。人間らしい感じがする。
後は食事なんかも出来たら、ますます生身っぽくていいだろうなぁと思う。

3日前に久し振りに口にしたプリンは、まるでシリコンだったので次の日はパスし、お通じが出た事でチャレンジしたい気持ちが湧く。
冷蔵庫を覗くと「かぼちゃプリン」と「ピーチゼリー」。 
ゼリーはシリコン感がありそうなのでパス。
空腹感や甘いもの食べたい欲求がないのに食べるのも変な感じですが、これもリハビリさっ、と言い聞かせ口に入れたところ..... おっ、美味しいじゃないか! なんだかとても嬉しい。 やったー!

学会の為アメリカへ行かれていた主治医が帰って来る日です。
7日振りです。この感覚は、恋愛中に久し振りに彼女に会う感じに似ているかも!? 血圧が上がっているかも...マズイ。

12月10日(金)

 昨日、主治医に久し振りに会うことが出来ホッとする。
しかし、今日これから僕の一番苦手な治療、髄注がる。
前回の髄注でトラウマは多少取れたものの、やはり怖い。 
背骨と背骨の間に太めの針をさし脊髄の中まで押し込むのだか、神経が多くある部分なので微妙な射し加減で「ビィーーン」とくる。 脳へ直接抗がん剤を流し込むやり方だ。
こうやって想像するから星野は弱いんだよなぁ....。
もっとポジティブにならなきゃいけない。 再々発を食い止める為の重要でありがたい予防策。
大丈夫だ、必ずうまくいく。

そして点滴でリツキサン(抗がん剤)を入れます。これも予防策、これは「ヘ」でもない(汗)。
今日は忙しくて良い感じだ。 体の不調を訴えている場合じゃない(笑)。

CDはMANHATTAN JAZZ QUINTET

12月11日(土)

 体調が良くなってくると比例して凍り付いていた時間が、徐々に解凍されてきている、気が付いたらもう週末。
昨日の髄注はうまくいった、失礼ながら主治医に「じょうず!」と思わず言ってしまった。主治医はニヤッと嬉しそう。
抗がん剤点滴(リツキサン)と髄注(抗がん剤・メソトレキセート)の副作用もほとんど出ていない。いいぞ。

食事が摂れないので高カロリーの栄養剤点滴をしています。
一日約1800カロリーから始まって、1400カロリーが続いていましたが、昨日から一気に600カロリー下げてみました(僕の希望もあり)。 空腹感がまったくない理由として、吐き気、胃や腸の粘膜が荒れている事が原因らしいですが、高カロリーだと糖分も多く含まれ血糖値が高めなので、空腹感が生まれないらしいのです。
胃も小さくなっているからか頑張って食べても二割位。 補助は600カロリーだからもっと頑張らないとだよね。
正直、空腹感がない状態で食事をするのは何とも言えないものがあるけど、昨日から口に物を入れている事が人間らしくて嬉しい。(プリンはその前に二回チャレンジしている) 

これからの生活の中で食事を頂くときは、感謝し、ゆっくり味わって食べる事にしたいと思っています。
早食いの星野より。 

12月12日(日)

 スキンヘッドの人の頭は光ってますよね。
あのヒカリ方は普通じゃないと僕は思っていた、磨いているか、何か付けているんじゃないかと半信半疑だった。
今、僕はスキンヘッド(初発の時もそうだったが)。 この階(化学治療チーム)の人達はほとんどそう。
みんな磨いていないのに額よりも光ってるんだ。

美容師の僕がこんな事を言うのもどうかと思いますがドライヤー、ブラシ不要。寝癖知らず。清潔。洗面台でいつでも洗顔&洗髪?いや洗頭皮が行なえる。もちろんシャンプー&リンスなんて使わない、石鹸でOK。 なかなか都合が良い。
女性でもボウズ願望の方は意外と多いんですよね、ただし日にち限定で。(実際にお客様から聞きました)

僕の場合も頭はしっかり“後光”射しているんですが、肌はガサガサで全身でワサビがおろせる。 
あっ、今日のお昼メニューは蕎麦だったけ? いいんじゃな~い... ♪♪!  パスタだ!  残念!! (シツレイシマシタ)つまらん。

相変わらず空腹感がなく、食事時間が来ると気持ちが重くなる。 最低、二割は食べなきゃ、頑張れ。

12月13日(月)

 一ヶ月振りにシャワーを浴びる予定。
お風呂に入るのはもう少し先かな? 脳貧血起こして裸で救出されたら恥ずかしいからね。
羞恥心が生まれ始めているぞ、これは僕にとって進歩! 精神がコントロール出来てきたんだね、きっと?

いつもは熱い蒸しタオルで体を拭いていたのですが、お湯が体を流れるなんて想像するだけでも気持ちよさそう。
IVH(肩と胸の間位に穴を開け静脈にカテーテル20cm入っている)がある為、思い切って頭からザバッとお湯を流さないのは残念。でも、楽しみだなぁ。

これでワサビがおろせなくなっちゃうなぁ....、いや、まだ当分おろせるな。(昨日のヒトリゴトの続き)

12月14日(火)

 昨日、彼女は二回来てくれた。二回目は僕の都合でお願いしたので時間がなく、用事を済ませてから「子供達が待合で待っているから急ぐね」と。
夕方だったので一番下の子(5歳)を迎えに行った帰りにきてくれ、上の子二人も居ると聞いて何が何でも合いたいと思った。
クリーンルームは家族でも子供は入れないからずっと会っていない、辛い顔は見せたくなかったので諦めてもいたんだ。

午前中シャワーを浴びに行く時に久し振り部屋から出て廊下を歩いたので、少し歩けると思い「クリーンスペース内のガラス越し部分までは行けるから」と彼女にお願いして、点滴スタンドを杖にして歩き、しゃがんで待っていた。
歩いている姿はまだ奴らに見せれないからね。
少しすると三匹がキョロキョロしているのが見えて、僕を見つけてジャンプしながらニコニコ走って来てくれた。
会っている間、ずっとニコニコしているんだ、三男5歳はずっとジャンプして喜んでいる。
ガラス越しではあるが、一人ずつ楽しい話をしたんだ。
内容は僕達だけの秘密、彼女も遠くで見ているから知らないだろう。
時間にしたら5分ちょい、だったかもしれないけど最高の時間だった。
たぶん、これからも一生忘れない時間だと思う、とにかく最高。

帰りは看護師さんの手を借りて部屋に入る、涙が止まらないよ。僕は幸せで、恵まれている人間だね。
ありがとう。 子供達と、こうして会うのは二ヶ月ぶり。

12月15日(水)

 あくまでも予定だけど、退院のメドがつきました。パチパチパチ(拍手)
僕が希望したのですが、早くて12/27、遅くても12/28。(なんだそれ?)
お正月は静かにしています、ゆっくり家にいるんだ。(いいぞ)
その頃には空腹感も出てくれて、ご馳走を食べれたらいいのですが。
当分の間は(かなり長くなりそうですが)お刺身などの「生もの」は口にできません。カニもそう。(........。)
大好きな生野菜はOK。

一月になっても外来で抗がん剤の点滴3時間半を2クール入れないといけないので、まだ復帰は難しい。
抗がん剤の影響で感染に弱くなっています、多く集まる人の中にも入れない。
今回の治療方法は今後の制約も多いですが、退院できるのだから最高に感謝。亡くなった方も何人かいます。

毎年、星野家ではお正月に彼女の実家へ行って楽しんでいました。お正月以外ではなかなか行けませんからね。
今回は妻と子供三匹が彼女の実家、糸魚川へ。 僕はゆっくり長岡で両親と過ごす予定です。
こうゆうパターンは初めてだから、それも楽しみです。

ところで、僕の復帰はいつなんだい?  早くお店に戻りたいんだよ、お客様に会いたいんだよ。
みんなに忘れられていなければいいんだけど...、浦島太郎になっていなければいいけど...、頑張んなきゃ!

ご心配、ご迷惑をおかけして大変申し訳ありません。順調に回復傾向です。

スローライフぶってる私は性質が悪い。 

pora.jpg

  POLAROID 180


 常に持ち歩いているのがいけないのか僕はデジカメをよく壊す。
                              と、言うよりデジカメは壊れやすい。と僕は思う。

 もちろん自分で修理できないし、メーカーに出しても、そっくりパーツを交換するだけ....、味気がない。
「アナログ人間☆野」には、しっくりこないんだなと今回もつくづく思う。

 「ミーハー☆野」はアタラシモノ好きでもあるが、基本的には機械式が大好きだから大変だ。(何が大変なのか自分でもよく分からない)
カメラは電池を使わなくていいタイプをいくつか持っている。フィルムを送るときにレバーで巻き上げるタイプ。
ポラロイドカメラも好きで、ポラロイドも今のタイプでなく、シャッターを押した後、自分で引き出し、ベリベリと引き剥がす。
もちろん機械式だからシャッタースピードも露出もすべて経験で決めることになる。
たまには露出計(光を計算してくれる機械)も使うが失敗も多い。
数打ちゃ当たる方式をこよなく愛する僕は無駄が多い。 スローな生活とは縁遠い生き方だね。

 時計も電池が入っているのが好きになれず、手巻きか自動巻きを使っている。
でもやはり『アタラシイモノ』気になる。最近の時計はスゴイですね、時計の中に検波ICチップを入れ日本標準時の電波を一日5回自動受信し、ソーラー充電もするので一生、時計合わせと電池交換しなくてもいいらしい。
アクセサリーな星野の腕時計の針は4時間近くも違う所で止まっている.....。

 ハイテックな時計、壊れやすいのでは?と思うけど気になっている僕はやはり、懲りない男だ。
デジカメは五代目にしないで修理に出そう。

                         

12月16日(木)

 これから(am9:30) トラウマがなかなか消せない髄注治療があります。(携帯では見れませんが、P.C.ではバックナンバー11/10,12/10に記載) 怖い物は怖い。 髄注の薬、メトソレキセート

でもね、抗がん剤が僕の体に入ってきている時に必ず決めている事がある。
イヤだ、イヤだと思っているとバチが当たるだろう? 普段の生活でもあるよね?
ダメだ、ダメだや、イヤだなぁと思って仕事していたら絶対うまくいかなんだ、前進がないんだ、失敗してもそれをプラスにしてゆけないんだ。
だからね、決めている事とは、イメージする事。 思い描く事に集中して臨むようにしてる。
具体的に言うと、全身に回っているであろうガン細胞の野郎がフツフツ弱っていき、やがてなくなってゆく姿を想像しながら抗がん剤と一緒に戦う事にしている。
ちょっと恥ずかしいけど、そんな感じ。 怖いくせしてね。 

話し変って。
もっと早く話しておけば良かった事があります。 R’sのBBS(掲示板)に僕はあえて書き込みを入れない様にしています。 今、僕が入るとヘアサロンではなくなってきそうで.....。 申し訳なく感じていました。

でも、皆さんにはすごく励まされていて感謝しています。もちろん、毎日見ています。
最近だとスピカさん、クロさん、リンさん、みずほさん、リリンさん、旧丸山さん、未来さん、えのういくん、ぱらぽんさん、ホシ@三十路さん、サトさん、髪Pさん、いしいみほこさん、東京アキコさん、そしてkenjiくん。
まだまだ多くの方からBBSやお手紙、メールいただいています。 本当に嬉しい。 
ちなみにスカピさん、僕はAB型です。僕はもう献血出来ない体ですが、若い頃は献血オタクでした。成分献血をありがとう。血液型が違ってもすごく感謝しています。血小板(黄色い血液)にはかなりお世話になりました。

もう少し戦って治したら、今度は髪型などの話をしましょう。 ビシビシ提案して行くぞー!

12月17日(金)

 昨日の髄注もなんとか成功しました。少し針が神経に触れたせいか髄液に少し血が混じり、何時間か左半身のみ、重さとしびれがあったものの特別問題はありませんでした。
僕が動かないように看護師さんが軽く押されていてくれるのですが、その看護師さんの手を引き寄せ、半ば強引に握り締める星野。 
決して、誤解してほしくない、セクハラ等のオヤジ行為とは違う、本当に真剣。
終了後、看護師さんの手を見ると申し訳ないと思う。 うっ血まではしていないが、赤くなっている.....。
主治医には髄注終了後、強い握手をする。主治医は照れ笑い。(現在、握力はあまりないけど、やはり僕は真剣)  

同じクリーンムール内で友達になった23歳の彼にその話しをしたら、
「あっ、僕も髄注する時は手を握りますよ、でもおばさん看護師さんの時は一人で耐えてますねー」だって。
まったく選ばない僕が間違っているのだろうか....?  看護師さんは何かと大変だ、頑張れ看護師!

今日も抗がん剤(リツキサン)が入ります。3時間位の点滴です、1月後半頃には抗がん剤も終了予定。
当分、髪の毛はボウズ。 ボウズは平気だが眉毛はほしいよ、どう見たって人相が悪い。 

ヨン様カツラを装着すれば、眉も隠れるか? よし、来年はそれだ! ブームも去りきっと安く手に入るはず。 

12月18日(土)

 リツキサン(抗がん剤)の影響か?16日に行なった髄注(脳への抗がん剤)の影響か? 昨日の午後からは微熱とダルさ、気持ち悪さがあり、ずっと横になっていました。 
今は(am8:40)少し楽になりP.C.に向かう。

18日と言えば、当初予定していた退院日だった。まぁ仕方ない。
あと9日間、焦ったところでどうにもなりませんが、なんとか年内には退院したい。(いや、退院する)
食事もしっかり摂らなきゃ栄養剤点滴もはずせない。
空腹感がなく、お腹が減らない事が当たり前になっちゃっていますが普通で考えたら変ですね。
「腹減った~!」バタンキュウ~~な状態ってうらやましい。 
満月の日にジェイと(星野家のシべりアンハスキー)レア・ステーキ食べたら最高だろうね。ウオーゥ!!(遠吠え)
胃や腸の粘膜がしっかり再生できてくれば大丈夫、早くそんな日が来てほしい。

クリーンルーム内の廊下にある小さなテーブルに、クリスマスツリーとサンタさんが置かれました。
ラジオでもクリスマスソングが流れています。もう少しでクリスマス。
みんなが応援してくれているから病院でも寂しくないぞ。(あっ、もうそんな事言ってる年でもないか?トホッ) 

12月19日(日)

 今、朝食終えました。
僕は朝パン食を選択しています、今日のメニューはクロワッサン、玉ネギとジャガイモが入ったコンソメスープ、ゆで卵に野菜ジュース。
クロワッサンの油っぽい所だけ残し、他はすべて完食! 完食すると自信がつくね。(正確には完食ではなかったが)
看護師さんに「全部食べたぞ!どうだっ!」と自慢する。 看護師さんは「やったわねー!」と言ってくれる....、
まるで園児と先生の関係だ(苦笑)
今日のメニュー、ちょっと引っかかるのは、久し振りに食べた固くて冷たいゆで卵.....、ちょっと寂しいじゃん。

ちなみに、お昼は五目あんかけうどん、ほうれんそうの山かけ、フルーツポンチ。
夕飯はご飯(僕は小盛りのおかゆ)味噌汁、魚の塩焼きソテー、ひじきのサラダ、おろしのなめこ茸和え。

完食できそうなのは、当分朝食だけそうだ。 
お昼と夕食後は、僕(園児)も先生(看護師)も静かにしている。 先生はすべてお見通しなんだね、ありがとう。

12月20日(月)

 24時間通しで栄養剤の点滴をIVHから送っている事は以前にも話したと思いますが、今日ようやくIVHを抜き栄養剤をストップする予定。
IVHとは、肩と胸の間位の所から18センチの長さのカテーテルを静脈に刺し、抗がん剤や薬、栄養剤、血液採取もでき3ヶ月位入れっぱなしでもOKらしい。ちなみに腕からの場合はカテーテルでなく、プラスチックの柔らかい細い針を入れ連続使用は約4日間。

一ヶ月半振りに自由になれると思うと嬉しい。これでうつぶせ寝も出来るし、シャワーも気にせず全身で浴びれるんだ。
反面、僕が杖代わりにしていた点滴スタンドと別れるのは少し不安。
そろそろ一人でしっかり歩かなければいけないので、廊下を積極的に歩こうと思う。
本当に筋肉はあっと言う間に取れてしまうよ、本当にあっと言う間! 毎日少しずつ努力しないければ。
栄養も強制的に入らなくなるので、なるべくしっかり摂ろうと思う。

でも、これって普段の生活では当たり前の事ですね。常に意識していないと当たり前の事が簡単に崩れてゆく。  
これからは強い意志で取り組まなきゃいけないね。 焦らず頑張れ! 回復と今後の注意

「NHKに聞きたい」を結局最後まで見てしまった。ん~、具体案がなかったよね。 
頑張れ!NHK このチャンスを無駄にしない為。 

12月21日(火)

 ようやく一人身になれ今はホッとしています。
別に離婚会見じゃない。IVHが抜け、寝返りをうっても、うつぶせ寝でもOK、トイレに行くのもスムーズ。いいぞ。
これからの血液検査や抗がん剤は腕からの注射や点滴になる。痛いのはある程度覚悟だ。
抗がん剤治療などしていると、内蔵や皮膚はもちろん、血管もプリプリではなく、細くてガサガサ感がでるのか、血管に刺さりにくく抜く時もつれたりして痛かったりするんだ。

昨日、主治医から「申し訳ないんだけど、セミクリーンを出て大部屋に移動してもらってもいいかな」と言われました。
コチラの方が居心地が良い事を主治医も知っているので「申し訳ない」が出てきたんだろう。
実際そうなんだけど、移植する患者さんは絶えない訳だし、僕より重度の患者さんは多くいます。
僕は順調に回復傾向なので快く了解しました。

今日の午後にも引越しです。
大部屋(4名)と言っても下の階と違い、化学治療病棟は、お見舞い等の方も皆さん少なく、家族が中心で静かな所です。
皆、同士。ありがたそうな頭していますしね。ピカッ。

1159室、どうもありがとう。感謝しているよ。 いよいよガラスの向こう側に出るからね。

12月22日(水)

 大部屋に移りました。長くいられる方が多い病棟なので、久し振りに会う方が声をかけてくれる。
知らない方まで僕を良く知っていて本人だけが「???」 ココは情報が早く伝わる場所なんだ。
話しを聞いていると、どうも僕は元気の良い、前向きな青年?に仕上げられているらしい。 
期待を裏切らないようにしなければ。 この前まで、散々弱音を吐いていたので心が痛む(苦笑)

昨日の夜、100名以上の看護学校の生徒さんがキャンドル手に、賛美歌を歌ってくれた。
とても和む時間だった。(PCサイトでは写真を載せています)
感動的だったし、涙が流れたよ、他の患者さんも皆リラックスして目が光っていたよ。 
毎年恒例行事になっているらしい、かなり練習したんだろうね、何曲もゆっくり歩きながら歌ってくれました。
看護学校の皆さん、ありがとう。 お陰で良い一日になりました。

12月23日(木)

 一日一日、回復してきているのが自分で感じる。うれしい。
明日に今年最後の抗がん剤(リツキサン)が入りますが、以前にも話したように、この点滴は僕の場合、副作用が少ないので安心して受けることが出来ます。
残りの2クールは来年に入ってから。 もう一息だ、頑張れ。

大部屋に入り睡眠がさらに出来なくなっていますが不快感はないよ。
眠剤(正確には睡眠導入剤・レンドルミン)はやさしい薬にしているので、あまり効いてはくれない。
患者さん曰く「家に帰ると不思議とぐっすり眠れるよ」と皆そう教えてくれます。
体調が良い方は(白血球数値が多い人)仮退院等出来るので実体験として僕に教えてくれる。 
長期入院されている方が多いので、ほとんど方は眠剤を使用しています。

って言う事は、メンタル面と言う事??? 気が付かないところで神経が過敏に働いているんですね。 神経質と言うより小心者なんだね、そう簡単には治らないって事か?ガンよりタチが悪い(苦笑)。

12月24日(金)

 23日午後9時、久し振りに大きく揺れました、長岡市震度4と表示されていましたが11階は震度5だよ!(勝手な予想)
耐震性のある建物だから、下の階とは揺れたかが随分違うらしい。
中越地震後に外に出ていないので実際のところ、細かい状況が分からず歯がゆい。
お客様の中でも、山古志村、川口、小千谷などなど、被害が大きかった所からお見えになられている方を思い出す。
今日はクリスマス・イブ。避難所や半壊状態のお家でも少し暖かい雰囲気で過ごせたらと願います。

今朝、気持ちいい夢を見ました。東京に居た頃よくサーフィンに行っていたのですが(行かされていた、と言った方が正しいかも?)千葉の九十九里浜(東金市あたり)まで高速を飛ばし、いい波の立つ、沖の方までパドリング(ボードの上に寝てクロールする様な手つきで前に進む)。ビックウェーブに延々と乗ってるんだ。
最高に気持ち良かった、あの感覚を久し振りに思い出しました。地球と一体感になれるあの感じ、分かるかなぁ。
僕には一日早いサンタサンが来てくれました。
でも起きてみて気づいたんだ。ただ、うつ伏せ寝をしていたんだね。(パドリングのつもり?)

今日は早めにシャワーを浴び、その後に今年最後の治療、リツキサン(抗がん剤)が入ります。
これもプレゼントだね。なかなかついてるぞ!

12月25日(土)

 “ポレポレ”なんだか良い響き。
僕の友人が携帯電話から「昼休み通信」と題してメールをたまに送ってくれるんだ。
いつもハイサイ!から始まる文章はとてもシンプルで彼の今日の出来事をサラッと書いている。
トラック運転手をしているのでいろいろな町から届くんだ。いいでしょ。
年末で配達が忙しいらしいく、正月は自宅でポレポレするらしい。
ポレポレとはアフリカの言葉でのんびり、のんびりの意味だと教えてもらった。 

そしてもう一つ。
やはり昨日受け取ったメールの中になるほど!と思ったものを紹介。
「辛」い と言う字は好きですね、「辛」い に横棒を一つ付け加える努力をすると、ほ~ら、なんていう字になる? いい字ですよね、みんなが欲しがる。
僕がお世話になったコーチングの先生からのメールだが、その先生をまたコーチする方のお言葉との事。(ちょっとややこしい)

一生懸命頑張る事でポレポレが出来る。 辛さを知り、逃げ出さずに努力する事によって幸せを心から感じる。
僕は最高のクリスマスプレゼントをもらいました。ありがとうございます。

つらいときこそ、上を向こう! 「どうせ」「僕だけ」なんて言葉は使っちゃいけない! まわりの人たちから学ぶ! 生き方の答えは自分で決める! 人の話はじっくり聞く! 自分で自分を苦しめない! 楽天的になり健康を保つ! 

なんてカッコつけてこんな事を書きましたが、よく考えると彼女がいつも僕に言っている事だったりする。
途中で投げ出さずに努力しなきゃ......。 だんだん肩身が狭くなってきたのでこの辺で。 

退院まで残り一日。

 24日に行なったリツキサン(点滴)の影響は感じられない。良好。
睡眠時は眠剤・レンドルミンを飲んでいますが、なかなか効いてくれず相変わらずな感じ。

 抗がん剤の影響で色素沈着しシミが多くなったが、多少薄くなった感じ?
眉毛は多少残っているものの、遠くから見たらほとんどナシ、もちろんスキンヘッドはいい輝きを見せている。
ちなみに体毛もほとんどナシ。
爪には抗がん剤が入った時の変化で年輪の様に回数分、面白いように波打っている。
体重は入院前の3キロ位痩せただけですんだ(53キロ)。
筋肉はあっという間に落ちるので手足は細く、ややふらつきが残る。
足先の“冷え”がいっそう強くなったようだ。

 まぁ、こんな感じですが、ココに書いたものは月単位で回復してゆくものばかりで問題ない。
血液や内臓に関しては2.3年はかかるだろうし、ダメなものもあるけど今よりは回復間違いなし。

きっと時間が解決してくれる。
規則正しい生活はもちろんだが「毎日正しく」を繰り替えるのは逆にストレスを感じるよね、僕はそう。
一番大事なのは気持ちなんじゃないかなぁ。
無理にテンション上げなくていいから、包み込まず「自分」を素直に出せるようになりたい、そんな事言ってるともっと嫌われそうだっ(苦笑)

退院日

 今日は僕の大好きな満月なんだ。
偶然なんだけど最高だと思わない? 潮が満ちている日に退院できるなんて幸せだよね。

 最近はアチコチから声がかかってくる、「いよいよだね、おめでとう!」って仲間達からの声。
ちょっと肩身が狭い.....。年越しを病院で過ごす人も多いし、体調によってはこの時期だけ仮退院される方もいます。

 退院、嬉しいでしょ? 
以前にも言ったかもしれないけど正直、両手を挙げてバンザーイ!なんて気持ちにはなれない。
残っている治療の事もありますが、そんな事より「本当に大丈夫なんだろうか?」と思ってしまう。
ほんのわずかだけど数%の気持ちがなかなか払拭されないのも事実。
今後大丈夫だろうか?って.....。
もっとポジティブじゃないといけないよね。
「大丈夫!問題ない!次に進もう!」ってね。彼女に怒られてしまう。

 新潟中越地震をまだ実際に目にしていないので下界?がどうなっているのかが心配です。
まるで浦島太郎だ、玉手箱はいらない。

 入院してから欠かさずしていた簡単なお祈り。
寝る前に声を出して、天国へ行った身近な人たちに声をかける。  
これはとても勇気づけられていたし、守られていた。
「おやすみなさい。妹・直子、本家のおじいちゃん、おばあちゃん、おばさん、糸魚川のおじいちゃん、おばあちゃん、そして安藤社長。今日もありがとうございます。」って。
この後で、「ヒトリゴト」でも書けないような気持ちを直子だけに話をする。
弱音をはいたり、助けを求めたり、いろいろ話をする。 
大部屋にいる時は、周りに聞こえないぐらいの声でね。 

 直子は僕のたった一人の妹。 
本家は父親の両親。糸魚川は彼女の両親の親(父のおじいちゃんには実際あったことはない)。
安藤社長は僕の父の同級生で長岡に帰ってきてからの間ずっといろいろアドバイスやチャンスを与えてもらい、尊敬していた人。
最後に存在している彼女に声をかける「おやすみ」と。(誤解されないように言っておくが彼女とは妻の事だからね)
不思議な事にその後は必ずあくびが出んだけど困った事に寝れないんだよね。

 今回、思い切って日記をネット上で公開したことは僕を前向きに働かせたと思う。

 誤字、脱字が多く、読みにくい文章を温かい目で見ていた方に感謝します。

 勇気を出してお見舞いにこられた方、お札を届けて頂いた方、お手紙を出して頂いた方、メールを送って頂いた方、手を合わせて頂いたり、お祈りをして頂いた方、スタッフに声をかけて頂いた方、そしてアールズに来て頂いていた方、他にも本当に多くの皆さまから応援されて回復してきたんだと実感しています。言葉では言い表せない。
感謝しています。

 糸魚川の父(彼女のお父さん)から毎日届く絵手紙には参りました。
朝早く起き、季節感のある花や野菜、魚など身近な題材を元にやさしいタッチで書いてある絵手紙、そしての父からの熱い気持ちが添えられている。 
実は初発時もそうだった、毎日届くので僕としても頑張らなければいけない。
4ヶ月間、そう出来るものではない。感謝しています。

 信頼できる主治医とめぐり合え、最大限再発防止を目標に治療していただいた事に感謝します。

 看護師さんのこれからの夢や、私的な話まで.....? 密接になれ、また僕のワガママを聞いていただき感謝しています。

「どうもありがとうございます、これからも宜しくお願いいたします」

家での食事はとても気分がいい。

 お蔭様で27日退院できました。
朝に血液採取をし、退院後の薬を説明付きでどっさり頂きました。
主治医と看護師、僕と彼女4人でカンファレンス・ルームに入り和やかな雰囲気の中、治療経過と今後の方針、注意点等を説明されました。

 移植後は身体がリセット状態!? 子供の頃かかった“おたふく風邪”などウィルス系のものに感染するそうだ。
生もの(お刺身など)はもちろん、温泉も半年から一年はオアズケ。
そんな事を聞くとますます温泉番組に反応してしまう。

 午後に彼女の運転で自宅まで帰ってきました。 
実は結婚して10数年、彼女が運転する車には数回しか乗った事がなく、なんだか怖い、家に着いて少しホッとしました(苦笑)。

 院内のカラーは「白」がベースでほとんど「色」がない所、そして早く動くモノもないけれども、外や家の中は色が多いし、車に乗っていれば歩く速度以上のモノばかりのせいかそれだけで結構疲れる、情けない。
夕飯は久し振りに家族で食事をしました。

 なんて幸せ者だろうと思いながら何種類もある薬の袋と格闘、現実はキビシイ.....。
プロフィール

R Y O J I

Author:R Y O J I
リョウジのヒトリゴトです。
2005.9.20よりブログ開始しました。
今後とも宜しくお願いします。

●発症、経過は2005.12.4に記載。
●ブログの動機は2006.1.22に記載。
●四度目の再発の想いは2006.7.1。

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