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QUEEN ♪ 

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 HyperCVAD(ハイパーシーヴァード)1クール中の11日目に入りました。
これは一種類の薬の名前ではなく、いくつもある抗がん剤をチョイスし治療名にしたもの。
例えばアリナミンとユンケル皇帝液とオロナミンCとマルチビタミンのチョイスで4日間連続して飲むを1クールとした名前が“ハイファイト”なんてなるのかも・・・・?ボキャブラリーなくてスイマセン。(汗)
それぞれの抗がん剤名はエンドキサン、オンコビン、アドリアシン、デカドロン。

 抗がん剤を入れると必ず白血球数が大幅に低下します。
結果、感染症に対して弱くなるため対処方法としてG-CSF:白血球増殖因子の「グラン」を連続使用しています。しかし、なかなか追いつかなく白血球数200(基準値4000~8500)に下がっています。

 この6日間は特に抗がん剤を使っていなかったので体調も戻ってきていましたが、また今日からオンコビンとデカドロンがスタートです。
前処理として吐き気止めのカイトリルを点滴しましたがこの吐き気止め、ハッキリ言って僕には効かない・・・・、でも気持ちも大事なので手を合わせます。
その後、副腎皮質ホルモン剤のデカドロンを入れ、いよいよメインのオンコビンが入ります。
「ガンの野朗!勝負だっ!」って感じ。 

 前回もそうでしたが抗がん剤を入れるときはQUEENを聴くことにしています。
テンポの良いリズムは薬がガン細胞めがけて攻撃しているイメージにぴったりでポジティブにもしてくれる。 
そうだ、出来たら良質なヘッドホンがいい。
イメージはとても大事だと僕は信じています。 
余談ですが今、東京公演していますよね、出来る事ならコンサート会場に行き点滴背負ってでもライブを見たい。 良い方向に向かう事間違いない、ただ感染するのも間違いない!(泣) 
亡きフレディー・マーキュリーありがとう!

 午後からは今回二回目の血小板輸血です。
前は考えたこともなかった、もう輸血なくては生きてゆけませんね。
そう言えば20歳前後の頃よく献血に行ったことを思い出します。
東京・自由が丘の駅前ロータリーに献血車がよく止まっていて、何も考えず当たり前のように通っていました。
必ず「AB型不足」の文字が書いてあったからかな?ここ15年は献血をした記憶がない。
これからは一生、献血が出来ないと思うと複雑です、分かっていたら成分献血もしてみたかった。 あとの祭りですね。
どこの何方か知りませんが僕に成分献血、本当にありがとうございました。 
絶対に無駄にしません。

写真1、 セミクリーンルーム。収納スペースも多く、2ドアの冷蔵庫、ウォシュレットトイレ、洗面台。天井にはめ込み式の大きな清浄機以外は東山連邦がパノラマで見えるちょっとしたホテルだ。
写真2、本日のお昼はラーメン、今のところは美味しく頂いています。うれし~。
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今夜はもう少し強めの眠剤に。

 blogに以前のコラムを写真なども追加しながら入れていたら、あっと言う間にこんな時間。pm2:30
過去のコラムなんて見る方はいないと思いますが僕の日記としても記憶にのこしておきたかった。
いったい僕は病院で何をしにきているんだろう?ダメですね。(言われる前に・・・)

 睡眠薬レンドルミンを昨夜12時頃飲んで横になりましたがまったく効かず、三時頃まで横になっていましたがどうにも出来なかったので看護師さんにお願いし、二度目の眠剤をいただきました。
もちろん点滴は四六時中つながっているのでトイレは何度か行きますが効いている時は三時間位は行かずに済みます。逆にオネショしないかと少し心配。
6時起床なのですがセミクリーンは個室なので食事が配られる8時まで看護婦さんの方でも気を使ってくれ起こしにはきません。
夜中も2.3時間置きに点滴のチェックや情報を把握しに静かに回っているのでそれそれの患者さんの状態が分かるんですね。
サンタさんのようにそーとね、睡眠が浅いせいか僕は大抵起きてしまします。
 
 朝7時半に起きトイレへ、しっかり手洗いとイソジンウガイ。
夜中のトイレ後にもイソジンウガイは欠かせません。
そのあと、セミクリーン内の廊下にある体重計に乗るのですが今朝は53.2kg OK!いいぞ。
心配でした、白血球がないので腸や膀胱の粘膜があまり機能していないらしく軟便が続き一日4回ほど出ていたので覚悟していたのですが増えていてうれしい。
3日前は52kgの過去最低、病衣と下着の重さを抜くと51.5kgです。
肉がないってよりも、干からびてる感じ(苦笑)ちなみに初発病気前は63kg位までありました。
えっ!身長はだって?そうですね、ん~もう半年位したら170cmになるんじゃないかな?
そうなんだよ成長期真っ只中だからね。 ほっとけ! 

 今回の抗がん剤の副作用は比較的穏やかです。むしろ大量の副腎皮質ホルモン剤(ステロイド)が入った為、食欲が出てきました。増えた原因はこれですね。今、食べておかないとすぐに食べれなくなるので今は冷蔵庫の差し入れも楽しんで間食しています。
食べれるって本当に幸せなことですよ。何日後にはなんの魅了もなくなり匂いだけで吐き気を感じますからね。


 尊敬している元T主治医(以下友人とさせて頂きます)から本のプレゼントをいただきました。
本人は東京で忙しく、奥さんが東京から新潟市に車で一日戻ってきた際わざわざお店の方まで届けていたのです。実は奥様もとても忙しい方なのに恐縮。
あいにく彼女(妻)も子供達の遠足にて会えませんでした。
本を届けていただいたと言う事はメールで知っていましたが、彼からのプレゼントなんだから専門書だろうと感じながらも丁寧に梱包してある袋を開けてみたら、こちらでも売っている二冊の車雑誌。
涙が出そうでした。最高だよ!最高にニクイ、プレゼントでした。
もっと簡単な方法がいくらでもありそうなのに・・・、
奥さんは内容を知っているのだろうか?怒ってないどろうか?と心配になりました。

 友人は僕にこの車をはめた、とても毒ある人である(笑)
新車で購入し現在14年目のボルボ(最近ではボロボと呼ぶ)で充分満足していたのに(もちろん今も好きでなることはたしかだが・・・・)あきらかに揺らいでいるを越え、もうその車しか見えなくさせてくれている、家族にはとってはこの上ない迷惑な話だが、僕にとっては心地良い。
ちなみに彼の所も諦められているよう・・・。当然だ。
 この演出は東京で一人暮らしを始めた貧乏学生の私と重なる。
両親がお米など送ってくれた際、空いたスペースにコチラでも売っている缶詰やソーセージ、チーズやお菓子、カットバンなどいろいろ入っていて正直とても助かったが、親にはうまく言えず「こっちでも売ってるからやめてくれよ!」と、ついつい迷惑そうに言ってしまう。本当はすごく嬉しいのに・・・・・。

 とにかく参りました、頭が上がりません。
絶対に治して健康になって中古車でも難しいと思いますが必ず手にします。
その気持ちがとても大事だよね。目標は常に持つべし!よーし!
そう言えば引越しの時、彼の乗っている同じタイプのプラモデルと家で飼っているカブトムシを子供らに内緒でそっとプレゼントしました、すごく嬉しそうな顔は忘れられません、まるで子供同士だ。
まずは夕飯もすべて完食させてみます。本当に感謝しています。奥さま本当にごめんなさい。
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今朝の音楽はオペラ座の怪人。

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 おはようございます。最高の目覚めです。
睡眠薬をロヒプノールに変えて頂いたらすごくしっかり眠れました。
心配していたオネショもありません(苦笑)
そんなに効かないだろうと12時過ぎに飲んで、自宅から持ってきたマイチェアーに座り本を読んでいたら突然フラフラしてきました。
これはと思いトイレに向かい手洗い、イソジンウガイをしてベットへ。
いつもの日課、亡き妹へ今日一日出来事を話をし、オヤスミの挨拶をした後はまったく覚えていません。朝、5時半までぐっすりでした。朝起きても少しフラフラでしたが気分は爽快。
入院してからこんな事は初めて、本当に良かった。

 しかし薬で寝ている訳ですから入院している以外の方は簡単に手を出さないでくださいね。
メンタルな部分も多いと僕は感じています。
トイレにも行かなかったせいか、体重も54.0kg むくんでもいません。
心持ち、多少干からび感?もないぞ。

 血液検査は一日時点で白血球200(基準値4000~8500)ほとんどない(汗)、問題は血小板、血小板輸血を一日置きにしている割にはドンドン落ちていて3万です。(標準10万~49万)
なので今日も血小板輸血を予定しています。白血球を上げる点滴ももちろん毎日入れています。

 今は大量の副腎皮質ホルモン(デカドロン)を三日間続けているので薬による元気さが出ています。 
食欲はあるし、顔の血色は若者そのもの!? ムーンフェィスも少しだけ感じるかな。
もう一日続けますが、その後は一気にしなくなるのでその後は反対に脱力感等が必ず現れてきます。
今のうちにポジティブさをしっかり持っていなければ!

 あと、入院してからずっと蓄尿(オシッコを貯めておく)をしていたのですが解除され、トイレを使って流せるようになりました。やっぱり気持ち良いよね。
ちなみに蓄尿ビニール袋に入れる前にカップに入れるのでイヤでも何ccが出たか分かるんだ。
380cc~400cc、少し我慢しても450ccかな? 始めの頃は500cc以上でした。
カップが500ccちょいなので二回に分けたこともありますが頻回なので少なくなったんだね。
点滴の水分も影響していますがメンタルな部分もあるんでしょう。汚い話しでごめんなさい。

 そして今日は新月です、マイナスに考える方もいますが、考え方によっては月よりも何百倍、何千倍以上の大きな星たちが一斉に輝ける夜。
地球に沢山の光とエネルギーを与えてくれると僕は感じています。
幸福感いつも自分の心が決めているんだ。
よっし、一生懸命今日も一日楽しむぞ!

写真. 化学療法室、唯一の男性護助士さんで明るく元気。僕は彼にも助けられている。いつもありがとう。 写真も了解済み。 
僕のスキンヘッドの髪が長くなってきています。そろそろ抜け始めるでしょう、無精ひげもすべてね。それもまた楽しみのひとつ。

“ASAHI DESIGNER'S CUP 2005”

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 昨夜もゆっくり睡眠させていただきました。
新しく変えていただいた眠剤がとてもよく効いてくれているようです。
昨日も話しましたが、この睡眠薬と言っても睡眠導入剤の部類なのでそれほど強くなく安心して使用しています。もちろん使わない事に越したことはない。
本当に睡眠は大事ですね。皆さまもなるべく睡眠充分をとって下さい。

 さて今日は美容ディーラーさん主催のヘアコンテストの日です。
題して“ASAHI DESIGNER'S CUP 2005” 
新潟、富山、長野県中心に東京など関東周辺の参加者で大々的に新潟振興産業センターで行なわれます。
R’sスタッフも全員参加(五十嵐さんはモデルさんのメークのみ参加) 皆さまも是非応援していてください。
とにかくみんな今まで頑張ってきたことを思い存分出し切ってほしい。
結果はどうであれ、悔いのないよう燃え尽きてきてほしい。
そのために努力してきたんだから大丈夫。周りの出場選手も同様に緊張してるさ、自分を信じろ!

 実は僕もコンテスト後の審査中の時間を頂き、R's代表でヘアーショーに参加する予定だったのですが・・・・・。 残念だった。
サロンでは見られない?たまにはステージ上で余裕なくハグハグ状態をスタッフや他のサロンの方達に「おーっ、星野もカッコ悪いながら結構頑張ってるじゃん!」みたいな所を感じてもらいと思っていました。
実は助かったのかもしれない(苦笑)

写真. 血小板輸血のパック。血小板は赤い血の色でなく黄色い。(笑顔のかわいい看護師さん、写真了承済み)

脱毛が始まりました。

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 入院して16日目、抗がん剤が入ってからは15日目です。
二日前までは髪を引っ張っても何ともなかったのに、昨日から突然脱毛が始まりました。
最近は(再発する以前)好き好んでスキンヘッドにしていましたが、再再発が決まり治療が始まれば必ず脱毛を覚悟しなければいけなく、入院二日前位からは剃らないようにしていました。
スキンヘッドのままで脱毛が始まったら毛根の中で毛が皮膚の中に留まる時間が長くなり感染の原因にもなりかねませんからね。
現在は4mmほどのボウズ状態。摘んだ部分はまったく感覚が状態で軽く抜けます。
髪が長ければつかんだ髪がゴソッと抜けるわけですから、女性でなくとも始めての方はかなりショックな出来事でしょうし、僕も初発時はかなりショックでした。
なのであまり軽はずみに言ってはいけないと思いますが、僕自身、もう三回目の慣れっこ。
4mmボウズが嫌だったので、実は待ち遠しかったりもしていました。
口周りのヒゲも同時に感覚なく抜けてきましたが、眉やまつげ、鼻毛そして下の方の毛はまだのようです、もう時間の問題でしょう。

 白血病や悪性リンパ腫等の血液系ガンの場合、抗がん剤の効きが比較的良いのと、全体にガン組織が回っている為、強めの抗がん剤を使用し、寛解導入(造血幹細胞の中のガンを徹底的に叩く)が目的なので完全脱毛されるの方が多いです。
しかし高齢者や体調の悪い方はそこまで強い抗がん剤は使えないので完全脱毛とまでは行かないまでも、ほとんど残りません。
ここで話していることは素人の僕が言っている事なので違う場合もあります、ご了承下さい。

 今現在、抗がん剤の脱毛以外の副作用では、指先がシビレてきています。
パソコンはまだ大丈夫ですが書くことが少し困難になってきています。
皮膚も弱くなっているので顔やオ○ンチン(スイマセン)の皮膚が切れ始め少し痛みを感じています。
白血球が低い為、皮膚科の先生がクリーンルームまで上がってきて頂き看てもらっています。
シャクリが続くのも薬の影響です。
胃などの粘膜も弱くなっているのでムカムカ感があるののも、精神的にはすこぶる元気! 

 昨日のASAHI DESIGNER'S CUP 2005。刺激を受けて来たとをスタッフからメールが届いた。
僕自身とてもうれしい。

写真1. 帯を読むと自己啓発や成功の為の本のようにも感じますが、違います。
京セラを立ち上げた稲盛和夫さんの「人間として一番大切な事」の生き方を綴っている内容の本と感じています。
稲盛さんの本を何冊か読んでいますが、去年の秋に出版されたこの本はとても心に響くものです。特に後半の章ではとても素敵な話が出てきます。何度か読み返し今日妻に渡しました。
写真2. 今日のランチ。おいしそうでしょう! 僕は朝、晩と小盛り選択を希望していますがお昼は小盛り選択が出来ないので少し残してしまいます。調理師さんごめんなさい。



恥ずかしくなんてないぞ。

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 でも、ちょっと恥ずかしい話?かな。
抗がん剤の副作用で3日ほど便秘が続いていたので、この二日間は便秘薬(アローゼン)を睡眠前に飲んでいました。(白血球減少や抗がん剤等の影響で逆に下痢が長く続く場合もあります)
そして今夜も眠剤(ロヒプノール)を飲み、アローゼンを手にした瞬間お腹がグルグル、トイレに向かいメデタク出てくれました。
かろうじて形はあるものの軟便。かなりの時間を要したあと、ウォシュレットで洗浄したのですがピリピリ痛いんです。
 早速看護師さんを呼び、ベットの上でお尻の穴チェック!「多少の炎症気味なのと、5mmほどぽっこり出ています」だって。
痔持ちではないのでショックでしたが仕方ありませんね。
若い看護師さんに薬を入れられ、穴周辺にも塗られました。
全然恥ずかしくない。昨日も話しましたがオ○ンチンの皮膚が切れている部分も今回のお尻に関しても僕の主治医である素敵な女医さんにもしっかり診て(見て)頂いている、もちろん何人もの看護師さんにもね。 それが今は大事なんだ。

 移植をされる方は特に感染症が命取りとなる可能性があり、細菌等が多いお尻の問題はとても重要なのです。先ほども主治医が来て、真剣な表情で今後の治療方針を話し合いました。 
これからもドンドンお尻とオ○ンチンは見せてゆく事でしょう。

 実は初発時、精巣にも腫瘍が転移しオペで一つ切除してあります。残りのもう一つは今後の転移等ないように放射線(放射量30グレイ)を15日間かけてそこだけを照射した経験があります。
(他にも体に30グレイの放射線をしています)
照射している間、オ○ンチンが動かないようテープで止めてもらったりしたので、羞恥心なんて、とうの昔になくなったんだね。

 ここで皆さまへ(特に男性の方へ)
恥ずかしい部分に異変を感じたりした場合、女性より男性はとくに羞恥心が強いせいか?なかなか相談できない事があるそうです。
最終的には早期発見ではなくなる・・・、恥ずかしがることの方が恥ずかしいよ。
気になる事があったらすぐにお医者様に診ていただきましょう。

写真. 去年の入院時に患者同士で友達になったS氏は1ページ1ページにメッセージを書き込んで詩集本を持ってきてくれた。彼は白血病で僕とは同年、臍帯血移植を無事に乗り越え励みになっている。
“早く一緒に歩こうぜ”とメッセージが書いてある。「約束するよ」

温かい絵手紙。

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 一日中過ごしているこのセミクリーン・ルームは東向き、そして大きな窓がある。
だから朝日がとても気持ちいい。部屋全体に光が差し込んでくるよ。
最近僕の起床時間は五時半頃、ブラインドを上げ、小さなボリュームでラジオを流す。
空の色が変ってゆく時間を楽しむ。
今は少しずつ白血球が上がってきているので体調が良い、そんな余裕があるんだね。
今日の朝焼けは特にきれいだった。

 彼女の父から暖かい絵手紙がほぼ毎日届きます。
早朝、絵を描いているそうだ。
身近にある、花や果物、子供のグローブ、おいしそうなサンマ・・・・・、宛先の下には日々感じている思いを沢山書き綴っている。
長期治療の僕に初発時の入院中も、再発時の入院中も、そして今回も。
なかなか出来ることじゃない。
僕は彼女の父をとても尊敬している。

 父は今でも必ず、「良司も飲むか?」と行く度にビールを差し出す。
僕は完全ゲコ人間で一滴も飲まない事を父は承知で言っているんだ。付き合ってもう15年になるのに・・・・・・。
お酒が飲める人になれたらいいな、臍帯血移植をして飲める人のDNAに変わることはできないのだろうか?
退院したら少し僕も付き合おうと思う。
ここで言う事ではないのですが、いつもありがとうございます。

写真. 妻の父から毎日届く絵手紙。

運動会

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 白血球が上がってきたので体調が良い。
食事も美味しく食べられ、小盛り選択だが完食しています。
「全部食べれた」は自信にもつながるんだ。 いいぞ!

 今、血液数値を上げておかないと、次の抗がん剤治療の開始が遅れたりするので大事な時。
白血球が上がってきているのは自然ではなく薬で上げているんだけどね。(グラン点滴・白血球内の好中球をあげる画期的な薬)
それと血小板がまた下がってきたので再度血液採取し、午後から血小板輸血するかも? とにかく良い状態に持ってゆかなくては! 
僕が出来ることは前向きな気持ちを持ち続けること。(自分に言い聞かせる事)自然治癒力を信じていかなきゃ、やってゆけない。

 今日は三男の保育園運動会の日。昨夜、電話で三男にエールを送る。(Ryoji家は団子3兄弟)
R. 「あした、がんばれよ! お父さん行けないけど、ずっと応援してるぞー!」
三男. 「オレ、赤組のかぼちゃチームなのね、白組は速い友達がいっぱいいてズルイんだよ、でもオレがいるし、○○もいるし、○○もいるから負けないと思うよ」
三男. 「オレ、アンカーなのね。 ねぇ、アンカーって知ってる?」
R. 「知ってるぞ、最後にゴールする大事な人だよね?」
三男. 「そうそう、知ってるんだー。」

 止めどのない会話だけど、何とも言えない幸福感。 電話置いたら涙が止まらない・・・・・。
涙腺が弱くなったのはジジィになった証拠だね。
今日は曇り空、雨が降らなければ良いんだけど。

写真1. 長岡造形大学で小学生対象に行なわれた壁画を描くイベントに参加した様子を彼女が持って来てくれた。(三男も小学生でないのにちゃっかり参加) 早速ベット横に張る。絵手紙同様、すごい力を与えてくれる。ちなみに背景のレッドが長男、ピンク次男、イエロー三男、親バカ。
写真2. 髪の毛。一回摘んだだけで感覚なく抜ける。 枕周辺はもちろんだけど、シャンプー時はキリがない。早く全部抜けてほしい。 

脱、添い寝宣言!?

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 白血球が4000(標準値4000~8500)になったので、グラン点滴(白血球を上げる薬)は今日を最後にひとまずお休み。
止めるとまた多少は落ちる様ですが今は大丈夫。
ただ、血小板の値がまた下がってしまったので今回三回目の血小板輸血となりました。
二日前の時点で32000。(基準値100000~490000)
今、輸血点滴真っ最中、約一時間半かけて入れます。
アレルギー反応が出ないように祈る。今のところ良い感じ、頼むぞ!

 四六時中、僕と共にしていてくれた点滴スタンドくん(さん?)、寝ている間だけですが昨夜から外れる事になりました。
「当分は添い寝しないよ!」って事。
18日間、寝ている間も付いていたので少しは開放感ある様な・・・、ん~、正直微妙。
IVHが皮膚に糸止めで固定され、そこから管が出ていてさらにタコ足三本、20センチ位出ている状態です。(IVH=鎖骨の下辺りから静脈に沿ってカテーテルを入れ、薬や血液採取もすべてそこから行なわれるスグレモノ)
うつぶせ寝は今の僕には出来ない(ただの小心者)、眠剤によって?寝返りもなくグッスリなのでその点は安心です。

 念のため、IVHに対し誤解してほしくないので追加しておきます。
とても重要な基本的処置方法なので怖がらなくていいです。入れた後は痛くありません。
状況により違いはありますが三ヶ月間も維持できます。(それ以上の方もいらっしゃいます)
腕から毎日刺されているほうが本人はもちろん、看護師さんも大変ですからね。
日中の(am8:30~pm9:00)点滴スタンドくん(さん?ちゃん?)、これからもよろしくね。
抗がん剤スタートしたらまた一緒に添い寝してね、大好きだよ。

写真. お見舞いに来られた方から頂いたアイスクリーム。北海道限定で最高に美味しい。食べられる時に食べておかないと! うらやましいでしょう。

気持ちの持ちようさっ! なーんて。

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 今日は遅くなりました。(このダラダラ日記20:45終了)
血小板も入り調子がいいので、朝食後にSCR(セミクリーンルーム)内の廊下を三往復お散歩。
何メートルだろう? 片道37歩なので「お散歩」の部類にはきっと入れてもられない。

 点滴を繋げる前なので独り立ちした様でうれしかった(入院してからなので20日振り)
食事が終わった人は廊下に用意してある配膳ケースにトレーを戻すため、何人かの方が個室から出てくるので僕はできるだけ先に声をかけるように心がけています。
煙たがられるかもしれない・・・・・。
でも笑顔で元気に「おはようございます」って言えるうちはしっかり言おうと思っているんだ。
今日は入院して始めての「なんちゃって散歩」によって主治医や看護師さん達だけではなく、何人かの患者さんにも声をかけれて更にうれしい。自己満足そのもの。

 SCR内で友達になった人も部屋から出てきたので三往復した後、廊下で話がはずむ。
この廊下は外と遮断され空気清浄機が設置されているので安心です。
そこにはイスが二つ用意されていますが、「一緒にどうですかぁ」なんて声をかけてみると喜んで自分の部屋からイスを持ってきてまたまた楽しい雰囲気になるわけです。
それぞれ大変な状況ですが、とにかくポジィテブ集団に成長中!
だから話の内容に重いものが出てきても簡単に吹っ飛んだりするんだよ。
これってすごく大事でお互いに助けられている。

 「一緒にどうですかぁ」って声をかけてもいい人と、挨拶はするけど今、お話は難しいだろうなぁ・・・、って人の感じは分かっているつもり・・・ですし心がけています。
前回の入院も含め、伊達に長いわけじゃない!(苦笑)
体調が悪い方にとっては迷惑この上ない申し出になりますからね。
またダラダラ書いていますが、要するにいつもの日課、午前中に書いていたブログのタイミングを逃してしまったってこと。(なんだオイ、言い訳だったのかよ! ハイ。)

 今日お昼過ぎに突然、妻の両親が糸魚川からお見舞いに来てくれました(絵手紙の書き主)今週は治療がないため体調も良く、いいタイミングで会えて本当に良かった。(検査が多い週になりそう)
ちなみに私の母もお昼頃来てくれた、新米のオニギリは最高に美味しいですね。
持込は制限があり本来ならば・・・・、現在白血球が上がっているのでお許しを。

 来週17日から1クール後半治療が始まる予定です。
スタート後には、挨拶はおろか、「やな感じ~」に様変わりしますからね。AB型だし・・・・。前回もそうだった。 いや、ダメダメ!それではポジティブ集団が許してくれない(きっと彼女も入っている・こわっ)。
まぁ、とにかく今のうちに手をスリスリしておかなきゃ、と姑息な私でした。

写真. 彼女の父と。特別に?SCR入れていただく(入り込む)本当はダメ。僕のかぶっている帽子は初発時から母の手作り。

時空を越えたぞ。

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 いつもと同じ5時半起床、雲が多いが東向きの大きな窓から朝の光を入れる。
以前も話しましたが11階からの風景は最高に良い。
病院と平行に日本一の信濃川が流れ、手前の河川敷には長岡野菜、整地してある畑の緑色がそれぞれ違いとてもきれい。土手には早くも散歩風景、犬も多い。
信濃川の向こう側、河川敷にはグランドや公園が見える。
そして町が見え、東山連峰の山々が低めに長く続く。
すべて平行だから大パノラマ状態の最高なシチュエーション。
退院しても一部屋借りたいくらい。分譲はどうだろう?どうせならペントハウス作った方がいいなぁ・・・・・。 
いや、やっぱり家に帰りたい。(何が言いたんだ)

 FMラジオから静かな音楽を探す、今朝はバロック音楽。
こんなに風景が良くて、障害物がないのにラジオの電波は入りづらい。
少し前に彼女からアンテナを持ってきてもらい(簡単なT字のアンテナ線をCDラジオに繋ぐ)窓にテープ止めしたら改善されました。大部屋にいたらできないよね。
ボリュームを絞り小さめな音で流しながら「おはよう」、「今日もお願いします」と独り言。結構アヤシイでしょ。

 昨日、夕食後にIさんが来てくれてセミクリーンのドア越しにあるインターホンで会話。
最近行ったスイスの写真アルバムをガラス越しに一枚一枚見せてくれました。
だから僕も昨日はスイスに行けたんだ、時空を越えたね。ラッキー!
Iさんは初発時○○病院でお世話になっていた看護師さん。
その時、“これから私がチャレンジしたい事”を僕にそっと教えてくれた。
本来であれば、私的な事だし、その時点では公には言えない事をね。
僕は聞いていてすごく勇気をもらったのを今でもしっかり覚えている。負けていられないなって。

 この夏、外で偶然会って立ち話。「ほーら、僕も元気になったぞー!」
あれから三年も経っていたけど、お互いに(僕だけ?)それを感じなかった。
すぐに「その後、Iさんは、どうよ?」と以前聞いていた“したい事の実現”を聞いてみました。(今、考えるとお節介気周りない奴)
彼女はすぐに笑顔で「すすんでる」って話してくれた。うれしかった。
これからすぐにオーストラリア(ワーキングホリデービザにて長期予定)に行く残り少ない貴重な時間をわざわざありがとう。

写真. 僕の部屋から見える風景。二枚の写真を組み合わせてあります。手前の土手も本当は病院と平行にまっすぐ。

ニボシじゃん。

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 今日も体調は良い。
抗がん剤治療(HyperCVAD+HighMTX-AraC)1クール目の後半戦のHighMTX-AraCが17日(月)から始まるので、それまでも良くしておかなければ困るしね。
指先のしびれは強くなってきているものの、お尻や皮膚は白血球上昇と共に良好!
と言って、調子付いているわけでなく食前、食後には必ずイソジンうがいをし、手洗いはしっかり泡立て爪の回りや腕まで洗ってる。が、ちょっと手を抜く時もある・・・・(軽い泡立て)。
うがいも含め一日何十回も繰返しています。
抗がん剤治療の回数が増えてゆけばゆくほど、体調も戻るずらくなり、副作用も強くなっていくので、今からしっかりしておきかなきゃ。
皆さんも神経質になることはないのですが、手洗い、ウガイは心がけましょう。「備えあれば憂いなし」です。

 体重は51.6kg、4日前は50.4kgだったから少し増えてきている。(病衣抜き、計算)
早朝トイレに行き、水分補給していない状態なので日中に計れば本当はもっとあるんですよ。(そこで意地張ってどうする)
でもヤバイね、干からびている。食べられるうちに沢山食べてもっと太らなきゃ。
皆さんも「食の秋」大いに食べてスタミナつけ大きくなりましょう!(やな感じー)

 今日の予定は血液採取のみ。 なので、点滴スタンドくんと共に一日、本を読んで過ごそう。
点滴(アミノフリード)の内容は電解質、アミノ酸、ブトウ糖などなどで構成されているからスポーツ飲料水みたいなもの。
看護師さんに「飲めるの?」と尋ねたら「ん~どうだろう、止めておいた方が良いですよ」だって、そりゃそうだ。
表現しずらい独特な匂いが多少あるらしい、是非かいでみたい。

 明日はMRI(レントゲン)とマルク(骨の中の血液検査)があります。
では、今日一日も宜しくお願いします。 そしてR’s:mew、宜しくお願いいたします。

写真. 今朝の朝焼け。エネルギーを感じる。

今日一日、一時間、一秒まで。

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 11時半に飲んだ睡眠導入剤、ロヒプノールはスムーズに20分位で効き始め、その後ぐっすり眠りに入りました。
しかしam2時にトイレに起きてからは寝られず・・・朝方までベッドの中で目をつむり横になっていました。 
でも寝たんだね、起きたんだから。

 今朝はHerbie HancockをCDで流す。
ジャズピアニストの巨匠、好きな一人。でも朝聞くより夜の方が雰囲気あるかもしれないな。
あの独特な旋律は刺激的だからね、決して激しいわけではない、あくまでも僕の印象。
あとはいつも通り、気持ちの良い朝をむかえました。

 今日一日、一時間、一秒という“時”がとても大事だと強く感じている。
だから今を精一杯生きたいと思っています。 
なんだか僕が話していると重く受け止められる方もいるかもしれませんが、そんなんじゃなくて軽く流してほしい。今、一番感じている事をヒトリゴトのように言っているだけ。

 先送りしたり、ケセラセラっぽい感じにはしたくないんだ。
誰だって一寸先は分からない、いつ突然終わるかなんて分からない。
僕はすごくテキトー人間。「強いね」とか、「頑張っているね」など言われたりもしますが、全然違う。
相手のことより、自分の事だけ考えて生きていた。
それを神様が教えてくれているんだと感じている。それでもなかなか直らないから追加してくれている。  
ガン細胞より、よほど性質が悪るそう・・・。

 頑張る時も必要だけど、少し休む事もとても大事。年齢によっても変えてゆかないとね。
壁を無理してはい上がろうとしてもどうにも出来ない、でも壁から少し離れてお茶したりしていると迂回路が見えてきたりする。
しつこいようだけど、そこでケセラセラでなく、お茶しながら常に考える、努力するがとても重要なのだと僕は思う。
なーんて、言っている僕はどこかの居酒屋の性質の悪いオヤジ、ちなみに僕はゲコだかあらミスドー辺りのカウンターでR’sスタッフに・・・(苦笑)

 今日はこれからマルク・・・、胸骨の第2・第3部分、肋間(ろっかん)より太めの針を刺し骨の中の血液を採るんだ(吸い上げられる感じ)、何度もしているがやはり・・・。 
いやいや、それも大切な時の一瞬の事。気持ちが逃げたらダメさ!(言い聞かせ)
後は頭のMRI検査です。  一生懸命に今日を生きよう!!

写真. これはIVHより血液採取。なーんにも痛くないし、吸われている感覚もないよ。

プロフェッショナル

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 昨夜もなかなか寝られずに朝を迎えてしまいました。
今まで軟便だったのですが三日間出ていないので、連続で飲んでいた下剤(アローゼン)が夜中に効きはじめてきたんだ。ずっともぎれていたからトイレの往復・・・・、ただそれだけの事。
抗がん剤の影響で便秘になりやすく(逆に下痢が続く場合もあり)、それが嫌なので早め早めに僕はアローゼンを頂くようにしています。
今までの経験があるからどうしても神経質になっているんだね。
アローゼンはやさしい下剤、僕に合っているけど今回はタイミング、はずれちゃった。
今は絶好調! 午後一番にお風呂に入り、夕食前までぐっすり寝ていました。
プー太朗の良さはここにある(苦笑)。 いきなり、きたない話でごめんなさい。

 そして昨日話しました“マルク”とてもスムーズだったよ。
つくづく、「不安や怖さは自分がつくり出しているんだなぁ」と感じました。
今回でマルクに対してのトラウマがなくなったみたい。パチパチパチ(拍手)
でも、これからも看護師さん捕まれて手を握ると思います。(ただのオヤジじゃん)

 これは主治医にとても感謝です。
以前も話しましたが僕の主治医は女性。とても素敵でキレイな人。
そして医師としてのハード面(判断力や技術、実行力などなど)も持ち合わせている人。
すごく勉強させられる部分が多いよ。
マルクする前段階で僕の硬くなっている気配を察知し、しっかり受け止め、その環境を整えてくれる。
施術している時、終了時もしっかりフォローしてくれている。看護師さんに対してもね。
僕はR’sスタッフによく「ハード面だけではプロと言いえない」なんて事をエラソーに言っています。(この僕が一番出来ていないのに・・・・)
ハード面、ソフト面とのバランスがとれ、始めてプロフェッショナルだよね。

 元主治医からも、とても学ぶ事ができたし、現主治医も凄くプロフェッショナル。
だから僕はとても恵まれているし、守られているんだ。
信頼関係はとても重要で同じ治療だとしても全然違ってくると感じます。
こうゆうのって、求める事を待っているだけじゃなく、僕からも働きかけて行かないといけないし、実際に行動していかないと「縁」にはならない。
インフォームド・コンセントなんて言うと、なんだかマニュアルっぽい感じがしますが(あくまでも僕の印象)、もっと深いところにある人間性を感じます。
美容師もまったく同じ、 早く大好きなR’sに戻りたい。

 頭(脳)全体のMRI(磁気を利用したレントゲン)も昨日しました。
MRIは初めての体験「すごく大きい音だよ」「狭い所入るんだよ」と脅かされていましたが、たいした事なかった。
我が家のドタバタ三人(三匹だな)兄弟に感謝だ(苦笑)。

写真1. 12日の夕方。僕の部屋の窓からキレイな半月が見えました、今月の満月は17日だよ。
写真2. 昨日は月に一度のイベント食。トレー外して撮影した方が良かったね、病院食だよ。調理師さん、栄養士さん、ごちそうさまでした。萩ごはん・朴葉味噌焼き・イタリアン茶碗蒸し・黒ごまブラマンジュなどなど。

みんなでパワーアップ!

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 おはようございます。
ぐっすり眠れたので今朝は気持ちの良い朝を迎えました(am5:30)
来週17,18日辺りからの抗がん剤スタート(1クール目後半戦)それまでは気持ち良い状態で過ごせそう。今もSCR(セミクリーンルーム)内の廊下を5往復してきました。廊下にもススキなど季節を感じる植物や虫たちがいたらもっと楽しいのに。キノコとかもね(それはマズイでしょう)
この11階フロアーは、お花や植物などの持込が一切禁止されています。

 ほぼ毎日、妻(彼女)が来てくれる。お店に余裕がある時に、僕の着替えの下着と一緒にね。
お店の事や家族の事、子供達の様子、コミュニティーでの出来事、これからの方向性や治療の事、お互いの気持ちを話したりしています。
僕が病気になった事によってお互いに、いろいろな話が出来るようになったのも神様から与えられたプレゼントの一つ。
「私はスタイリストでなくて良かった」と言う、でないとヘアカット中心になり、こうしてココに来られないと。
彼女も美容師国家試験を持っていますが、1990年に東京から帰って来て、二人でスタートしたR’s for hair・1991年オープン時からずっとアシスタントとして僕を、そしてスタッフをフォローしてくれています。
「こうして時間が取れるのも頑張ってくれているスタッフがいるから。本当に感謝よ。」と、よく話が出ます。
彼女は初発時が一番辛かったと言う。精神的につぶされそうだった。
お店中心の生活でお客様に対し、そしてスタッフに対して。僕もお店の事で混乱していた。

 今はその頃からのスタッフがしっかり成長し、受け止め、頑張ってくれているから安心して治療に専念できているし、彼女も余裕はないが、少なくとも混乱はしていない。みんなでパワーアップしているんだ。 
ありがとう。

 今日は土曜日でR’sも少し忙しいだろうから、どうかな? 
退院したら僕がフォローに回らないとね、当分先になりそう・・・。
彼女にはいつも僕に「激」をとばしに来てくれている。 だから無理して来なくてもいいよ(汗)

 R’s:mew お客様へ
本来はビューティーな場であり、癒される空間であるべきところ、重い雰囲気を作ってしまい、大変申し訳なく感じています。
そんな中、足を運んで来て頂いている事がとても励みになっています。本当にありがとうございます。
スタッフ一丸となって頑張っています。これからも宜しくお願いします。 

写真1. 今日の私。髪はほとんど抜けましたがチョロチョロ残っている感じが嫌で枕もと辺りと一緒に頭にコロコロカーペットでコロコロ。眉が残っているうちに自分撮り。眉、まつ毛がなくなると見せられないからね。 
写真2. SCRの天井。ベッド真上に清浄機があり、頭側(手前)から風が出て足元側に吸い込み口がある。はじめは風(微風)や音が気になりましたが今はまったく気になりません。

寺泊シーサイドマラソン。

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 今日は寺泊町・シーサイドマラソン日。 参加し始めてからもう12年目になる。
初発時入院で9回目の連続出場を断念し、10年目は復帰できたが、去年再発、また断念。
そして今回は当然出場できるとおもいエントリー料を納め楽しみに・・・・・、今回もあえなく再再発での断念。悔しい、歩いてでも出場したかった。 
ランニング大好き人間ではないけど、この大会は特別の想いがあります。

 寺泊シーサイドマラソン大会は町ぐるみで行なわれ(5km・10kmそしてハーフマラソン)沿道には腰の曲がったおじいちゃん、おばあちゃん、家族みんなで旗を振り続け応援してくれている。
だから途中で歩きたくても、おばあちゃんが一生懸命に応援してくれていると、逆に仇で返しているみたいで歩けない(苦笑)
大勢の方々がボランティアで交通整理や給水所付近のコップ拾い、番屋汁を作って振舞い、とても雰囲気がいい。1500人以上の参加があると思うから大変だよね、それをすごく感じるけど、みんな楽しんでいる。
そして僕らは海沿の道を海風感じながら、風景を楽しみながら走る・・・・・・、なんーて出来れば良いけど、実際にはそんな余裕なく「わーっ、なんでこんな事をしているんだろう~」なんて自問自答しながら走っているわけです。 でもね “心地良い、イヤさ” なんだよ。この表現わかるかなぁー?

 これを始めたきっかけは、朝から夜中までサロン中心の生活が続いていて、「このままでいいのか?」と自分に問いかけていた折、お客様で毎週の様に全国中のトライアスロンやマラソン大会に出場している方の話を聞いていて感化されたんだ。
学生時代、水泳部や陸上部だったし東京にいた頃は、休日に(あの頃、美容師は火曜一日だけの休日)サーフィン以外の日はロードレーサー(レース用自転車)に乗っていたので、僕もトライアスロンに参加してみたくなり、夜ちょっと走ってみるかって軽い感覚で始めました。
しかし、実際には帰宅時間は夜10:30~11:00をまわり、夕食も食べていないのでヘロヘロ状態。
いくら若くても(当時28歳)この状態ではランニングにスイミング&ロードは難しいトレーニングと判断。
ランニング位は続けようと心に決め、彼女の心配を押し切って夜中に走り始めました。

 毎日休まず、夜中にランニング続ける事って結構辛くて、徐々に止めるきっかけを探すようになり始めていた頃、はたと気がついた。
「目標決めていないじゃん」って走っている時にね。自問自答はよくしています(暗)
トライアスロンの彼にすぐ話しをしたら「それなら寺泊シーサイドマラソンがいい」って。それから楽しくランニング出来るようになったんだ。 目指すものが見えたからね。

 でも、どうしてだろう? その年のマラソン大会は僕でなくて、ちゃっかり彼女が参加したんだ。
彼女は前日一回だけ走って、当日いきなりの出場だよ! なんだそれ?でしょ。
次の年から僕が参加、彼女はお休み。
2年目は30歳も目の前だった為、それを武器?に陸上部時代の友達に声をかけ4人で参加。
3年目はスタッフにも被害を及ばせ強制参加実行!(笑) 笑えないか。もちろん友達そのまま参加。
4年目はR’sとお取引させていただいている方達(立場的に僕の方が有利)にも声をかけ、もう“ねずみこう”状態。 
その後はお客様にも声をかけ始め盛り上がってきました??みんな素人軍団だから、その場の雰囲気に圧倒され、かなり浮いちゃっているんだけど終わった後のみんなの顔は最高なんだ。達成感と開放感でね。

 今年もその頃からのメンバーで走る日。そして退院した僕が参加するなら、と何人かの小学生時代の仲間が今年参加してくれるんだ。
走った事もないオジサン達なのにね。勧めておきながらビックリしたし、感激しました。
だから今年は絶対に出場できると思っていたし、するつもりだっただけに本当に悔しい。
みんなありがとう。そしてごめんなさい。
僕の分まで楽しんで?走れ。きっと今頃スタートする時間だ。ココから応援している。がんばれー!

写真. 昨日夕方に彼女と三男が来てくれた、ガラス越しの面会。最近始めた空手の基本動作を僕に何度も見せてくれた。 カッコ良かったぜ! 部屋に戻ったら涙が止まらない・・・、干からびらせるなよ。

今夜は満月。

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 今日から1クールの後半治療がスタートする予定でしたが、白血球を中心に血液全体値がやや低めなので少し延期です。
まぁ、すぐに上がってくるでしょう。しっかりしろ!白血球!
先ほど(am9:00)血液採取したので、その結果次第で新たな予定が決まります。
タイミングが重要、まったく気にしていない、むしろ「食事を楽しむ時間が増えたぞ!」と嬉しい。
主治医の判断に感謝。

 他の方達とお話する機会があり、少しの予定延長に対しても深刻な表情で訴える方がいます。
やんわりとフォローしますが、予定は未定なのです。目標はあくまでも完治!
目標に向かう方向は一つではなく、いろいろあるわけですからね。
まぁ、主治医にまかせて、ゴロゴロ、フニャフニャしていればいいだけさっ(おーい、コラッ!)

 昨日のマラソン大会後、スタッフみんなで僕の所へ来てくれた。
今回入院してから始めての再会だったので嬉しかった。みんなもいい顔していた。
僕に合えたからか?いや、走った後の達成感、開放感からだな、あの顔は(苦笑)
奴らは「店長、元気そうですね、良かったー!」って言ってくれました。
「当たり前だろ、僕は病人じゃない、君達より早く走れるよ!」と、言い返す。 
ガラス越しのインターホン、一人一人と話しました。みんなに合えて安心できた。ありがとう。

 今日17日は満月です。この雲がなくなるといいのですが・・・・、月光浴は日光浴より害はないし、パワーもらえるよ。明日、あさって辺りも満月よりなのでチャンスはあるさ。

 点滴を変更。
点滴はブドウ糖・電解質液(ソルデム)をベースに、炭酸水素ナトリウム注射液(メイロン)を入れて24時間中流します。
体内をアルカリに傾けガンの野朗に集め、抗がん剤が入って来た際、一緒に尿素(窒素を含む有機化合物・抗がん剤等)として外に出してくれる働きがあるそうです。治療中も入りますが、まずは前処理ですね。
抗がん剤ではないので気持ち悪さなんて何にもない。今日からまたベッドを共にしますが点滴くん(さん?ちゃん?)ヨロシク。

写真1. 昨日のお昼です。完食!ごちそうさまでした。

なまけるな!店長。

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 昨日の血液結果です。白血球2100(標準値4000~8500)血小板10.8(標準値10~49)白血球は、ほぼ平行線ですが血小板が上がってきていので安定してきているのでしょう。
今日から1クールの後半戦、High dose MTX-AraC(ハイ・ドローズ・アラシーMTX)スタートです。
ガン細胞.覚悟!
初日は副腎皮質ホルモン(ソル・メドロール)、そして抗がん剤(メソトレキセート)は24時間中の点滴。メソトレキセートは1550mgと大量。
腎機能低下、口内炎、胸焼けやむかつきや嘔吐、そして不眠などの副作用がある為、そのフォロー役の点滴も一緒にぶら下がります。吐気止め、毒性軽減する薬などなど。それにも副作用があったりする(汗)
点滴スタンドくんも賑やかになるね、お祭り騒ぎだ、一緒に闘おう! 初日はドンと来ないだろうから まぁ、大丈夫でしょう。

 それよりも問題はこれから始まる髄注だ。am9:30予定
マルクは確かにトラウマが取れた(10/13.14参考)、しかし髄注は正直怖い…。
「不安や怖さは自分が作っているんだ」なーんてマルク終了後にほざいていたのは誰だよ!? 
ハイ、こ、この私です… ですが…

 一般的な?抗がん剤は直接脳へ届きづらい。メソトレキセート点滴もやや効果があるらしいですが(他にもあると思います)脳の方へはドカンと行かない様に身体はなっているらしい。
凄いよね、人(動物)って。ちゃんと頭(脳)に対しても自己防衛策とっているんだから。
そこで脊髄から抗がん剤を注射し直接脳へ送る大切な治療方法。(同時に髄液を抜き検査に出します)
ベッドに横になり体育館座り状態で背中を丸め、背骨の骨と骨の間に太い針を刺す。表面の方は麻酔をします。
初発の頃、この治療で日を空け4回うまく行かなく、途中断念を繰り返した経験が脳裏にこびり付いています。神経が集中している箇所ですから体が敏感に反応してしまう。
体勢も重要、僕もしっかり受け入れ協力しなければ、施術する側だけの責任ではない。

 こうしてダラダラ書いている目の前に「なまけるな、店長」の文字がチラチラ見える。
そうだよな、「怠けたこと言っているなっ!」だ。そろそろ時間も来るし、気持ちを切り替えなければ。
ありがとう麻美、最高なメッセージだよ。
負けちゃいけないし、その為には怠けちゃいけないね。 よっしゃ!
愛しの主治医「早く恋!」違った「早く来い!」(オヤジギャグにもなっていないし…)

写真. 壁には自宅から持ってきたお気に入りのmoon calendar、そして元R’sスタッフ旧姓、須田麻美さん(公表、了承済み)、手紙と一緒に入っていた手作りメッセージ。
「まけるな 店長」と書いて(貼って)あるが「なまけるな 店長」と見えてしまう…。どちらにしても気に入ったメッセージだ。

さむっ。

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 抗がん剤の影響は今のところ、さほど問題ない。
副作用のシャクリはこうしている間も出続てるがそんなのは“へ”でもない。
自分で出来る事。イソジンうがい、手洗い、ウエルパス(エタノールスプレー)点眼、そして気持ちをしっかり持つ努力。この最後が問題だ、僕の弱さでもある…、これから参ってくると特にね。
昨日から夜通しで続いている黄色い点滴の抗がん剤(メトソレキセート)は午前11:30頃までに終了。
今、吐き気止めのカイトリルが入り、その後はいよいよキロサイド(抗がん剤)の番だ。
今回はメトソレキセート同様、キロサイド大量治療で(4.700mgと電解資質・ブドウ糖350mlに混ぜ合計500ml×2)一日、朝、夜の二回を今日、明日二日連続で行ないます。
副作用に、過敏反応、涙に薬が出てくる為の角膜障害(大量治療時)、発熱、関節痛、発疹、口内炎、倦怠感などなど。
キロサイドが入っている二時間は、ずっと口の中に氷を入れ続け、血管収縮させます。
口内炎と言ってもひどくなる方はドロドロ、ベロベロになるらしい、今まではそんなひどくなった事がなく、歯を磨くと出血する位でした、今回は大量ですから特に気を付けなければ。意外と古典的。
今始まったので氷舐めながらキーボード叩く。
結構冷え症なので寒いが、気持ち悪さから比べれば、これも“へ”ではない。
これから二日間連続合計4回、常に入れっぱなしだから当分お茶はいらないね、お弁当箱四杯お代わり、寒。夜のスタートは22:00~24:00まで、氷は0:20まで舐めるぞ!
副腎皮質ホルモン=ステロイド(ソル・メドロール)も一緒に点滴が続きます(10/18参考)

 昨日行なった髄注(10/18参考)はちょっと時間がかかり、三回目で成功。
主治医は「ごめんね、痛いね。」と悪そうに何度も言ってくれた。誠実感を感じので安心できる。
妻が以前言っていた事を思い出す「素敵な女医さんだから良かったね、強がるし、カッコつけるじぁない」を。
妻は決して嫉妬からではなく、冷静に僕という人間を見ている。
本当その通りで「大丈夫だから、自信もってドンと何度でもいいよ」とね。(単純)
本当はちょっと痛くて、すごく怖かった(苦笑) 汗びっしょりさ、場所を変え針3回交換した後の成功はまさに42.195km完走後の気分!! 
愛しの主治医の(シツコイ?)ナイス・フォロー&看護師さんの手には助けられました。ありがとうございました。ただし、トラウマは残る…。 

写真1. 髄液を採取した後、抗がん剤メトソレキセートをゆっくり時間かけて注射する。マルク同様、キレイな透明の液です。主治医にピントが合い肝心の髄液はピンボケ、主治医も冷や汗?かなり掻いていたのでかわいそう、しっかり切り取り載せました。
写真2. 点滴スタンドくんお勤め24時間。腰には輸液ポンプ、抗がん剤を的確に時間通り落としてくれる器械、トイレや廊下に出るときはコードを抜くのでやや面倒。バッテリーそろそろ交換しようよ、持ちません。

気持ちの持ちようさっ。

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 入院して一ヶ月経ちました。
再々発での三回目入院。始めの頃はメンタル的にかなり落ち込み、潰されそうでした。何度入院しても先の事は想像できないし(想像ができるから怖いのかも) むしろ不安が大きくなるばかり。
一ヶ月過ぎ、変ったと言えばウソになるが、気持ちの上では安定してきています。みんなからの応援が効いているんだ、本当感謝。まだまだ始まったばかりで先は長い。この位の治療で参っていられない。

 今日も吐き気止めのカイトリルを点滴、尿酸と言って抗がん剤の毒素を早く出しやすくする(ロイコボリン)をIVH(写真9/29参考、説明10/9参考)から注射し、大量ステロイド剤ソル・メドロール。
二日目の抗がん剤・大量キロサイド、(4700mgに、電解質、ブトウ当成分が350ml、計585ml)が入りました。時間は約二時間半、今、氷を口に含みながらのキーボード。

 手が痺れて来ているので指のはらではキーボードが叩きずらく、爪で叩いています。
ペンは持ちにくい、相田みつをさんや鶴太朗さんの様にはいきません。残念。
誤字、脱字は別の話、その点はご了承くださいませ(苦笑)
食事は食べれなくなってきました、完食は難しいけれど時間をかけ無理なく、ゆっくり食べています。  
食事やお茶が楽しく食べれるって幸せなことだよ。

 昨日の話していた髄液の結果だけど、少し良くなっている。
5段階評価で以前クラス2だったのが今回クラス1でした。0が普通なんだろうけどまずは嬉しい、でもクロだ。
一回目の髄注が効いてくれたんだね。まだまだこれからだ。
赤ちゃんからの臍の緒で復活しなくてはね、予定では来年になってからの臍帯血移植。
ずれ込んだりすると思いますが、ここまで来たら焦らずしっかり構えていなきゃね、とにかく治したい。

 昨日、妻(彼女)は忙しく、来られなかったけど夜SCRの僕の個室に電話がかかってきました。
子供達は風邪をひいていて、彼女と話している間も後ろから咳の音。
長男はお風呂なので次男、三男と話す。
次男(小2)「今日ね、漢字のテストがあったんだけど何点だった思う?100点だったよ、この前の算数95点、あれはちょっとしたミスだよ。」
三男(保育園、年長)「あのね、オレね、イナゴバッタ捕まえて頭なでてあげたら仲良しになって手の上に置いても逃げないんだよ、でも元気だよ」。
二人に「そっかー、すごいなぁ! あとイソジンうがいするんだよ、そうすると風邪のばい菌がなくなって早く治るぞ! それと優生(小4)にもお母さんから話いろいろ聞いているよ、頑張っているね、ありがとう。と伝えてくれよ」。
二人は「イソジンやっているよ、ゆうせいにも伝えるよ」と。うれしい言葉。

写真. キロサイド治療中、常に口に入っている氷(10/19参考)二時間半、3杯から4杯お代わりしている。暖房を入れているがやはり寒い。氷だけのせいではないんだけどね。

まずは1クール終了。

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 おはようございます。
気分?まぁまぁです。プー太朗だから辛かったら横になればイイだけ。
そのうち横になっても何してもどうにもならない事、知っているから今のところ大した事はない、今までの経験は無駄ではないね? しっかり学習できているよ。
それと、先ほど主治医がきてくれて、髄注(10/19参考)の結果を詳しく説明をして頂きました。
僕の勝手な解釈でした。 Class Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ,Ⅳ,Ⅴ,とあって僕はクラスⅠ。
(0)が良性だと思いクロなんて、昨日話ましたが(0)はないんだって、皆様もClassⅠだそうです。
よって私もシロ、良性だった! 脳のMRI結果も以上が認められなかった、まずはいいぞ。

 今回の1クール目は未明の0:20で終了。(氷を舐め続けているキロサイド)
今日からは今までの抗がん剤を早く外へ流すようにする薬(点滴や飲み薬)と白血球を上げるグラン点滴(顆粒球コロニー刺激因子)を状況見ながら予定では11日間入れ、感染症がないように心がけてゆかないと。
体調はこれから下がってゆくだろうし、グランを入れたところで白血球は下降してゆくと思いますが、あまりそんな事考えていても仕方ない。
みんなありがとう。僕だけの力じゃないんだ。
まだまだこれからだけど、とりあえず1クールめの終了が何よりうれしい。

写真. 今朝am6:15。事前メールで教えてくれていたN友人は、病院前の土手をam5:30頃から走っていると「僕もその頃は起きているから、見えるかもね」なんていっていたら変なポーズで立っていた(笑)大きく手を振ったけど日の出の反射からか、まったく見えなかったらしい、11階だしね。今朝はやや辛かったけど吹っ飛んだ、朝から笑わせてくれたよ。本当にありがとう。上の写真にもよく見るとNクンが立っている。pcから写真をクリックしないと見れないかも?(写真は了解済み)

食べれるって、幸せなことだよなぁ。

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 食欲が少し落ちてきました。
油っぽいもの、甘いもの、香りの強いもの…、特に油ものを受け付けなくなってきました。
甘いものが大好きで、紅茶はアールグレイ、コーヒーもエスプレッソやローストしっかりされているものが好き。 もともとアルコール、タバコは一切ダメ。
以前からそうなんだけど、油っぽいものは時々無性に食べたくなる事がありますが食べた後は大概トイレで少し吐いてしまう。
ラーメンは代表的な一例で、好きなのに帰り道は信号が赤になる事を期待しながら走ったりする(苦笑)
僕の胃は凄いでしょ、20年ぐらい前からかな?分別して油分だけ排出するんだ。一口サイズを何回かに分けてね。そうすると楽になるんだ。 汚い話でごめんなさい。
食べられなくなるとフルカリックという高カロリーの栄養剤がIVHから入る事になりますが、まだまだ先の話。 やはり口から食事や水分摂りたいよね。

 21日の血液結果。
赤血球260(標準値380~480)、ヘモグロビン8.3(12~16)、ヘマトクリット23.6(35~48)、白血球6500(4000~8500)血小板7.5(10~49)。
白血球はこれから下がってゆくでしょうが、それより血小板が心配かな。
1クール前半戦もグンと落ち、何度か血小板輸血を行ないました。
今朝も早めに血液採取し、結果次第では輸血が行なわれるかも知れません。
予約等もあるでしょうから低いようなら輸血は明日かな?
免疫グロブリン(IgG)(IgA)(IgM)も低いので、もう少し安定してから血液製剤輸血(血漿分画製剤)を行なう予定です。

 こんな事、書いていたらちょっと悔しくなってきたので冷凍庫のROYCE’の小さなチョコ食べてみる。
美味しいと感じられたよ。 幸せだなぁ。

 今ほど血液結果が出ました。明日、血小板輸血です。成分献血をどうもありがとう。お願い致します。

写真. 今朝のグラン点滴。抗がん剤を入れると必ず白血球数が大幅に低下します。
結果、感染症に対して弱くなるため対処方法としてG-CSF:白血球増殖因子(顆粒球コロニー刺激因子)を入れる。皮下注射で入れたりしますが、今回の治療では点滴より一時間かけて入れています。

去年の今日。

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 新潟中越大地震。
新聞やTV、ラジオ、そしてネット情報、いろいろな所で特集が組まれていますね。
ある番組の取材、質問等対し「ん~」と感じる場面が多々ありました。
時間枠内のまとめ?視聴率重視?いや、我々のブーム好き?がそうさせているのかも。(報道関係者の方へ、知りもしないくせに勝手な言い分、お許し下さい)
もっと具体的な話がドンドン出てきてもいいように思う。悪戦苦闘している方達がいっぱいいるはず。
いろんな問題を抱えながらの仮設住宅生活。笑顔で答えてくれている人達を見ていると逆に励まされたり…、そのまま受け止められなかったり…。

 受け止め方、感じ方は人それぞれ違うのだから気をつけなくてはいけないね、それはこのダラダラRyojiコラム(blog)の事。僕は大丈夫、目標がある、少しずつでも前に向かう方法があるのだから。

 去年の今日もココSCR(無菌室)にいました。
ベッドにしがみついてもロックが外れ動き回り、どうする事も出来ませんでした。
再発で自家造血幹細胞移植の前段階の直前。一度下げておいた白血球を一気に上げ造血幹細胞数(血液を作るもとの細胞)をフツフツ生まれさせる時期での出来事。
タイミングを外すと自家造血幹細胞数が足りなくて移植が長引くし、体も持たなくなってくる。
そんな中での震度6強、11階は大揺れ。
余震続きの中、三日連続で採取し、ようやく一回分ちょいが採れました。
(一日で3,4回分採取できる方もいらっしゃるそう、少しでも多いほうが早く定着してくれるため採れた分を一回で移植する事が多いと聞いています)
四日目辺りからは細胞数が少なくなってくるので難しくなる。
遠心分離機みたいな大きな機械で採取するのですが大きな余震の中、担当の医師は冷や汗かいて押さえてくれたたけど無理だよね。元が揺れているんだから…。

白血球は100以下(標準4000~8500)。
後で聞いた話。この病院では震度8の耐久性があるそう、震度7時点で他の患者さんは非難させる準備をするが、クリーンルームに入っている患者さんは人ごみに出す事自体が自殺行、ココに残ってもらうようにと緊急会議で決まったと話して頂きました。 病院と一緒にね。

 病院は、自家発電が作動する為、照明、清浄機や機器類等に問題はないもののエレベーターは止まり、先生をはじめ、看護師さんは階段より駆けつける。自宅の事は後回しに息を切らせて階段を上がってきたんだ(災害等、休日でも病院へ来ることが義務づけられているそうです)
僕も自分の事はともかく、家族やお店の事がとても心配だった事を思い出します。何もできない事が歯がゆかった。みんな混乱していた。

 あれから一年、僕はまたSCRにいます。なんだかフクザツな日だ。

 昨日は微熱(37.0~37.5)が続き、ずっと横になっていましたが妻が夕方に来てくれた。IさんCDありがとう。 少しテレビをつける…、リマからのパス、エジミウソンのゴール! うれしい。

写真. 今日のpm3:30頃。たまたま外を見たら虹がかかっていた、復興へのエールの虹。ありがとう。

復興への願い。

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 微熱もなくなり、良い感じです。

 食事も完食に近いくらい食べられるようになってきました。
蓄尿(尿を貯める)も昨日で終わったので、思いきり?トイレで流せます。
点滴は四六時中一緒に過ごしていますが別に苦じゃありません。
指の痺れは徐々に第一関節から第二関節まで上がってきました、まだお箸持てるので平気。
やや鼻血が出やすい、血小板が低くなると仕方ない事。昨日血小板輸血もしたので改善してくれると思う。これからも輸血は繰り返してゆくことでしょう。(輸血をする事によって移植時にリスクも伴う)
血液数値の内容は別として、1クール後半治療High dose MTX-AraC(10/18・19参考)の副作用は意外と短かったです。しかし油断は禁物か?
このまま保てればと願う。そして熱が出ない様、祈る。 頼むぞ!

 昨日pm5:56 テレビNHKの案内と共に黙祷をしました。
新潟県知事をはじめ、4日振りに救出された優太ちゃんのお父さん、おじいちゃんも主席していました。
去年のこの時間からどんな想いで過ごしてきたかと思うと涙がこぼれる。
その後すぐに花火の音が外から聞こえてきました。震災1周年復興祈願への花火を打ち上げだね。
今まで見てきた花火で一番力強さと希望を感じる花火でした。

写真. 部屋の電気を消し、早速シャッターを押す。手持ちでシャッタースピードは8秒、指の痺れが良い感じでアジを出してくれたのかも…。
信濃川の中洲より打ち上げ、お祭りのメインとして毎年盛り上がる会場打上げ場所近くより。
長岡祭り(毎年8月1、2、3日と行なわれ、花火は2,3日連続打ち上げます)

血液ゴコロと秋の空…

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 朝に看護師さんは、お風呂&シャワー入れる方に対し、希望の時間を聞き、時間調整を行なってくれます。(SRC内、午前4名、午後5名)
「僕はいいから、最後に残った時間でいいよ」なんて言いつつも、「出来たら午後がいいなぁ」。
などと、笑顔でわがまま言っている。(ややこしくさせている)
午前中はなるべくコレ書きたいし、毎日一生懸命お掃除してくれるオバチャン、更に細かい箇所を除菌等してくれるオバサンとも軽く挨拶したいからね。(おばちゃんとおばさんの差はなに?)
クリーンルームはクリーンでないといけないらしいから大変です。僕は汚し役??
治療によってお風呂の時間限定しないといけない場合もあるし、入れなくなる時期もやってきます。

 昨日は3時がお風呂時間。5分前に看護師さんが点滴を外しに来てくれ、IVHのタコ足三本部分(10/9参考)にビニールを被せ水が入らないようにしてくれます。
と言っても肩まで浸かれないし半身浴程度、シャワーも当てないように結構ギリギリの所で悪戦苦闘なんだ、とくに頭や首を洗う時は横になりながらね。
早く思い切ってお風呂ザバッと入り、頭からシャワーを全身に流したいなぁ。
でもね、伊達にシャンプーボーイをしてきた訳じゃない(一応、美容師)。水流の流れをうまくとらえ濡れない様にフォローしています。
これはこれでスリルがあって楽しかったりもする(負け惜しみ)

 さーて、お風呂の時間がやってきた。
お風呂の入口で突然、看護師さんに声をかけられる。申し訳なさそうな顔…、ちょっと嫌な予感。
看護師.「検査結果で赤血板輸血の指示が急きょ入りました、どうしますか?」
本人.「了解。脳貧血起さないように軽くシャワーだけにするよ」
赤血板、ヘモグロビンが低いとすぐに貧血起すので以前から長くは浸からないし、いきなり立ったりもしないよう心がけている。

 血液結果、予想しつつも驚いた。
ヘモグロビンはまだそんなに下がっていないものの、下降途中の適切判断。
驚いたのは白血球で22日6700あったのが、24日200までグンと落ちていました。(標準値4000~8500)
今日は100かな? グラン点滴(白血球を上げる為の薬)頼むぞ、おい!ついでに阪神も頼むぞっ!
血小板(黄色の血)も下がってきていますが、移植してゆく前段階なので、輸血自体デメリットも実は多い。今日はしないけど明日の血液検査次第では行なうかもね。 なまけているなよ、おい!

写真1. 赤血球輸血パック。全血献血者400ccから頂き、そこから血小板等を抜き照射15グレイ処理して提供頂いています。添加物を加え1パック280mlになります。触ると解凍後の為ひんやり。
写真2. 夕飯。写真の組み合わせが良くありませんね。僕はどちらも必要、右上には食後デザート(苦笑)R’s掲示板にラミーの話、ありがとうございます。夕飯はいつも小盛りお粥を選択、7割弱食べられました。

阪神タイガース頑張れ!

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 阪神ファンの友人Kから「阪神応援頼む!三匹息子にも伝えてくれ~っ!」と神頼み状態メールが届いた、最高に笑えた。
Kクンはいつも身近な出来事メールを送って、なにげに励ましていてくれる。
生中継は大リーグ以外はじめての体験、せいぜいスポーツダイジェスト。 ちゃんと?応援したぞー!
しかし結果は…。七回の先はTV切ったのが良くなかったのかなぁ、 今日は勝たないとマズイよね。
球団側?野球連盟?の売り上げにも影響でそうだし、そのへんってどうなんでしょね。
この際ロッテファンも応援お願いします。 ロッテラミーよ、ごめん。(ラミーチョコファン)
昨日Blogのコメントにも返事を書きましたが、実は私、12球団?言える自信がありません。
あえて指折りして数えない事にしています。
こんな僕が言っていいのだろかとも思いますが「どうぞ応援宜しくお願いします」
ロッテも勝たせてあげたいよね。久し振りなんですよね?バレンタイン監督、今日だけはちょっとお手柔らかに...。 あ~、Kくん怒らないで。

 ボワ~っとするものの、今日も良い感じ。主治医にも軽くフィジカル・コンタクトしたしね(握手だからね)。
朝一番に血液採取したので、そろそろ結果が上がってくるでしょう。やはり小心者の私にとっては心配。

 先ほど看護師さんのニュージーランド体験記を聞いていました。いろいろ行ったけど一番好きな場所だって。
知らなかったんだけどニュージーランドの挨拶は、鼻と鼻をくっつけるらしい。
「最初はビックリしたけど、とてもハッピーな感じ!」だって。お互いに深い信頼関係ができそうだよね。
見知らぬ人に、ホホをつけるも抵抗を感じる日本人(私)は、「ちょっと、してみようよ」とは言えなかった。
まだまだオヤジ化していない自分にホッとしつつ、うっかり口に出しそうだった(苦笑)

 俄然興味が出てきて、鏡に向い自分で体験。(やるなよ)
ひたい側から行くらしいが目は近いし、最高に気持ち悪かった。今日の治療はもう終わり。
でも不思議だよね。その国に行くと自然に出来るんだから。
以前バックパッカーでインドへ行った時、ハエが食べ物に付いていても、手で食べ物を口に入れる瞬間までブンブンとハエが飛び回っていても気にならない。なのに日本へ帰ってくるともうダメ、拒絶状態。

 当分インドへは行けないな。行ったとしてもヒルトンクラスの高級ホテル、ますます行けないさ(泣)

写真1. 朝日。ガスっていましたがちょうど日の出に一瞬霧が晴れたんだ。
写真2. pm1:30。すっかりお天気になりました。

千葉ロッテ・マリーンズおめでとう!

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 31年ぶりの優勝を手にしたロッテ。バンザーイ!
八方美人?八方美男…テキトーな奴をお許し下さい。阪神生粋ファンの方々お許し下さいませ(汗
実は日本シリーズって何だかんだと7戦まで進む事が多いじゃないですか?「なにかある」と思っていました。
4連勝を見て、疑いがはれ、払拭出来たわけです。野球ファンの皆様、大変申し訳ありませんでした。
そして「愛しのラミー」よ、ごめん。でも微笑みの貴公子で奥さま方々を釣らないで下さい(笑)
ちなみに、毎日何十回か、うがいしている「愛しのイソジン」は、なんと明治製菓製です。
明治製菓はプロ野球チーム持っていないんだっけ?

 10月26日、血液検査結果。
赤血球281(標準値380~480)、ヘモグロビン8.9(12~16)、ヘマトクリット24.3(35~48)、白血球 100(4000~8500)、血小板 2,500(10,0000~49,000)
予想通りとは言え白血球100、血小板も2.5、来たぞー、怖っ。
早速血小板輸血しました。今までも含め二十名以上、いや三十名以上か。ある意味、怖っ。
一回分の赤血板や血小板パック、他の輸血等は一人の方からで、混ぜていません。参考まで。

 去年の今頃、ココの病院に優太ちゃんが運ばれ、中継車は何台も並びマスコミ関係者でいっぱい、上にはヘリコプターが飛び回っていた。
去年もここセミクリーンに居たのでもちろん動けなく窓からの様子見、下は大変だったんでしょう。
家族、お店、今後の事とても心配で動けない自分が悔しかった事を思い出す。
正直、今もそう。

写真1. 次男からの絵手紙。二日前ココへ届いたよ。「今さきました」よーし、僕も咲かなきゃ!ありがとう。
写真2. 先ほど届いた妻の父からの絵手紙。いつもと違う雰囲気、オーラが出るように頑張んなきゃ、ありがとうございます。

地震雲。

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 この写真は去年の新潟中越大地震の二日前?、東の空です。
ただ単純に「いつもと違うなぁ、ドラマチック!」と感じ写したもの。
後で見るとコレが地震雲だったんですね、一本の長い筋。今、あらためて見ると怖さを秘めた雲に見えます。pc内のいらないものを削除していたら出てきました。

 去年(再発時)、患者同士ここで知り合ったS友人からのメール。
「5時半に起きているのか?一日が長すぎるって!もっと遅く起きろよ」と。
そうだよなぁ。どうしても5:30には目が覚めるんだ。
最近は目覚めた後に体温測定し戻さずテーブルに置く、そうすれば看護師さんは声かけずにチェックできる。その後、僕はアイピローを置き、小さなボリュームでクラッシックを流し横になっています。

 睡眠薬・睡眠導入剤(ロヒプノール)はいつも使用していますが、あまり早く使うと2、3時には起きてしまうので0:30頃飲むようにしています。一時過ぎかな睡眠、夜中も数回トイレに向かうよ。
体はヘロヘロなのに飲まないとまったく眠くならない、日中も寝ていないのにね。
もう少し強い眠剤を頂いても良いのでしょうが、薬に甘えているようで嫌だし、精神的な事なのもよく分かっている。
自分自身では気が付かなくても(気が付かない振りもあるか)“こころ”ってものはなかなかコントロールできない。そんな事言っているからまた寝むられないだよね。

 S友人もよく理解しているので励ましてくれてるんだ。
正直、これからの事考えるとつぶされそうになるし、一日でも長く生きたい。
具体的に計画立てて行かなきゃいけないのに出来ない。混乱している。みんなもそうだよね。

 こうして窓の外眺めていると散歩している人達が多くいる。晴天だけど寒くないのかな?
SCRの窓はすべてコーキングされているので清浄機の風は感じても、自然の風を感じる事はできない。
一日も早く元気に退院したい。今日は特に貧血が進んでいるのか?フラフラするよ。

 今日はネガティブ野朗になっている。もうやめよう。 今ちょうど妻が来ました。

ちょっとだけ、お散歩。

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 昨日の血液検査結果。 
赤血球231(標準値380~480)、ヘモグロビンHb 7.2(12~16)、ヘマトクリットHt 19.9(35~48)、
白血球 100(4000~8500)、血小板 47.000(100,0000~490,000)
コレじゃフラフラするわけだ、貧血ですね。赤血球、Hb、Htが貧血の値になります。
速攻、赤血球輸血を午後から行いました。
そして30日は血小板輸血です。 今も下がり途中ですが予想範囲内でしょう。
輸血しても輸血してもなかなか上がりませんね。(写真・赤血球10/25、血小板10/4参考) 
白血球もほとんどない状態の100が続いています。(写真・白血球を上げる薬/グラン点滴10/22参考)
まぁ、こんなものだ。 本人は感染症等もなく良い感じ、感謝です。

 今朝は赤血球を頂いたせいでやや楽。いいぞ!
セミクリーンルーム(SCR)内の廊下を久し振りにお散歩しました。
片道32歩を三往復半、ちょっとフラフラぎみだけど仕方ない、筋肉はすぐに落ちるからね。
点滴クンも一緒だから介護してもらえるし(苦笑)。 動けるって最高だよ。

 昨日、妻が来てくれた時に長男(小4)、次男(小2)も来てくれました。振替休日なんだって。
もちろんガラス越しになるんだけど嬉しかった。久し振りに帽子をかぶって会いに向かったよ。
日々の出来事聞きました。長男「この前ね、バスに乗ったら後ろのタイヤ、パンクしたんだよ!ビックリしたんだけど2個ずつ付いているから大丈夫」。
次男は絵手紙ありがとう、お父さん嬉しかったよ!に対し、終始笑顔。 そのあとガラス越しに手を合わせ、ちょっと遊びました。 おばさんゴメンナサイ(いつもお掃除お疲れ様です)

 この後、長岡にお仕事に来ていた彼女の父、母と土手から電話を通じて手を振り合う。
彼女と二匹ももちろん土手から手を振ってくれた。SCR個室からの窓は反射しているみたいでよく見えないらしい、日の当たり方もなるんだろう。外はポカポカで気持ち良いって、良かった。
窓に手をつけ大きく振ると気づいてくれました。
またまたおばさんゴメンナサイ(苦笑)
元気が出たぞー!ありがとう。感謝しています。もちろん皆さまにも。

 今日もR’s:mew 宜しくお願いします。

写真. ナースステーション側より子供達らとワンショット。
僕の後ろはSCR内の散歩コース、草花は見当たらない。左右、個室となっています。

STARMAN /David Bowie

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 1:20睡眠、5:30起床、途中一回トイレへ。
体温36.3℃、体重50.8kg(病衣抜き)、血圧104/70、脈100。二日振りお通じあり。
状態、130歩の散歩時ややフラつきあり。 調子、すこぶるノー天気!?。 血液検査今日はなし。
現在グラン点滴中(一時間)とアミノフリード点滴(24時間)。 この後、血小板輸血があります。

 今朝の夢に出てきた友人の話。
東京マックス美容専門学校時代の広島出身Sと逢う。夢の中では二人とも若い、今も。(くどいよ)
彼とはもう20年逢っていない。年賀状のみでのコンタクト、少ない文章だけど何となく感じ合える。 
僕達は貧乏学生だった。
特に彼は学費も自分で出していたんだよなぁ、寝ずにバイトしていた事を思い出した。

 僕の家賃は15,000円、四畳半。トイレ共同、炊事場?すごく小さくて薄っぺらいステンレスだからお湯を流すとバウンって音がする(分かるかなぁ)
お風呂はもちろん銭湯さ、130円位だったかな?お金持っていないから毎日行けなくて、その炊事場で湯を沸かしシャンプーして体を拭いていました。 もう「神田川」の世界ですね。
でもあんなイメージではないですよ、スキップして通っていました、お風呂に入れるぞー!!と(苦笑)
お昼はみんなと学校の近くでランチしていたけど、後はほとんど自炊ですね。
いよいよお金が底を尽くと小麦粉に水を混ぜて塩味にしたり、醤油味で焼いたり、とにかく味より量で空腹感を紛らわす、結構工夫しながらだから、それはそれで楽しかった。
バイトはもちろんレストラン厨房、夕飯をたまに頂けましたからね。
親からの仕送りもありましたが甘えたくなかった。 いや、少し甘えてたな。

 「やりたい事」が明確だった事もあるけど、とにかく東京という場所に居るだけ充分刺激的。
今で言ったら月旅行くらいな感じ。 情報量が今とは全然違いますからね。
ananや流行通信の雑誌などはドキドキ・ワクワクしながら1ページ、1ページ捲っていました。

 彼の第一印象は物静かで「一人」を好むタイプ。
僕にとっては気になる存在なんだよね、何か分からないけどオーラを感じる奴だった。
彼と話す機会をなるべく作る様、心がけもうプッシュ、プッシュさ。すぐに息が合ったね。
いい迷惑であり、僕だけが感じていたのかも…。
偶然にもアパートも近く、いつも?一緒にいました。周りからは「アヤシイ関係」とまで言われたし(笑)
学校は圧倒的に女子が多く、男子はほんのわずか、それはそれで楽しかったのですが怖さ?強さ?も学習できました…、ヤ.サ.シ.サ.も入れておこっ(汗;

 David BowieやJohn Lennonが好きでよく話してくれた。
僕はJeff BeckやレッドツェッぺリンのギターリストJimmy Page、ディープパープル中心的存在Ritchie Blackmoreなどギターメインを好んで聴いていたから、とても新鮮だった。
昨夜睡眠前にDavid BowieをCD(70年代)で聴いていたので夢に出てきたんだね。
スターマンなんて聴いていると勇気が湧いてくるよ。今も流しているさ。 
 
 こんな話しているのはジジィになった証拠(お爺さんを否定しているわけではありませんからね)
あの頃に戻りたいなんて少しも思わないけど、懐かしいなぁ。 
夢の内容はチンプンカンプンなストーリーでした。  

写真. 昨日の夕飯。我が家でも肉料理より魚料理が多い、焼き魚は好きですが、どうも煮魚が苦手。
それより問題なのは一番手前の「たくあん」 口にしたことがありません。嫌がらせなのか?沢山入っていました。
たくあん以外はすべて完食! 写真を撮った後すぐに部屋の隅っこに追いやりました。
プロフィール

R Y O J I

Author:R Y O J I
リョウジのヒトリゴトです。
2005.9.20よりブログ開始しました。
今後とも宜しくお願いします。

●発症、経過は2005.12.4に記載。
●ブログの動機は2006.1.22に記載。
●四度目の再発の想いは2006.7.1。

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