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三月になったんだなぁ。Day34

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 白血球WBC 3.130(4.000~8.500)、へモグロビンHb 9.3(12~16)、血小板PLT 45,000(100,000~490,000)、炎症反応CRP 0.05

 昨日は赤血球輸血をラインにつなげる時にT主治医がボソッと「赤血球輸血は今回で終わるかなぁ・・・」と、聞こえた。もちろん僕に励ますように言ってくれた言葉。

 最近の赤血球クンはギリギリの数値ながらも何とか維持していた事での判断。
骨髄異型性症候群になってからは特に自力で上がる事が出来ず、下がるばかりで、去年11月下旬から輸血で補ってきた身体だったんだ。
信じられないほど嬉しい言葉でした。
しかし今日の結果、思っていたより上がらず・・・、逆に4日前にいれた血小板が予想以上に維持してくれている。
最近までは毎日輸血していたんだから、まだまだ捨てたものじゃない。ただ血小板も低いのは事実で歯茎の血が一週間近く止まらないんです。
どちらにしても、もう少し必要なようですが着実に輸血間隔が伸びてきていることがとても嬉しい。
自力で生きられる様になるなんて、シツコイようだけど最高にうれしい!

* このブログではヘモグロビン(Hb)のみ表示していますが、他に赤血球(RBC) 、ヘマトクリット(Ht)などが赤血球数値です。
* 赤血球は一般的な献血方法で採取し、血小板輸血は成分献血より採取(成分献血は時間はかかりますが、実は献血者への負担が少ないと言われています)

 移植後はとても順調だと言われていますが、思ったほどGVHDがでなく、皮膚の赤みも一部のみで終わり、痒さも納まりつつあるので免疫抑制剤(サンディミュン)は早めに濃度を下げ、3日前からは40まで下げています。
おかげでサンディミュンの副作用、ムカムカは少しあるものの吐気がなくなってきています。

 Day32で40は結構、挑戦的な数字らしいですが今の所GVHDは強く出てきていません。
以前も話しましたがもう少し出てくれないと何となく不安なんです。 
GVL効果と言うのですが、今までの見えない残りの細胞とドナーの戦いが今後の再発率にも影響してくるんです。 
最近の学会発表では早めにサンディミュンを下げる事が効果的とも言われているらしいので、嬉しい事でもある。
医師でない僕が心配していても仕方ないのは重々承知。

 とにかく順調なんだから感謝ですね。
先生方はもちろんドナーのお母さんと赤ちゃん、献血して頂いた方達、そしてみなさまたちにも、ありがとうございます。
みんなみんな、よい一日を!

写真. 最後?と言われたのでハイ、ポーズ の赤血球パック。 
「またお世話になるかもしれません。宜しくお願いします。」
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一石二鳥のピロリ菌退治? Day35

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 白血球2,920(4.000~8.500)、へモグロビン9,6(12~16)、血小板41,000(100,000~490,000)、炎症反応0.05

 ピロリ菌が僕の胃の中にいるかを調べた事がないけど、1960代生まれ、井戸水も飲んだ覚えがある、存在率は高いと思う。

 20代前半はよくキリキリ痛む事がありましたが、それ以降ほとんどない。 
ただ、油っぽいものや消化のおそいもの(僕の場合、海藻類)は食後軽くもどす事が多い。
口からもどす、と言っても食後すぐなので胃酸と一緒ではないし、むしろ分別がしっかりできている画期的な機能として、ありがたいけど、普通で考えたらおかしいですよね。

 少し気になり、先生方に聞いてみました。
やはり移植前後で調査をした事がないので、はっきり言えないが(医師として安易な答えは言えないですよね)、抗がん剤や放射線では判断が難しいけれど朝、夕、入れている抗生剤(メロペン、バンコマイシン)により、まずいないと見て間違いはないでしょう。との見解でした。

 Ta助教授は「おもしろい質問ですね、調査してみたいですねー」と返してくれましたが、移植前後で一回ずつ胃カメラを飲むのはごめんだ。 さすが医科学研究所だけにヘタな事は言えない。

 抗生剤もかなり強い薬にはかわりなく、免疫抑制剤と共にムカムカや吐気をもよおすんです。 
こう考えると、叩かれながらも少しずつ回復してくる体って強いですね。

 がんばれー!臓器。 がんばれー!骨髄。 がんばれー!精神。

写真.1 今現在の個室、トイレ、シャワールーム。緑の袋は別に遺伝子が女性になったからでなく、下痢対策の一環です。ひどい時は夜用を使います。
女性の方々申し訳ありません、病院推薦方法なんです。本当です(汗
写真.2 トイレ横に設置してある自動畜尿機(実際には溜めていないので尿量機かな?)。 カップを左側から取り、尿を済ませ右の段に置くと自動的に動き出し中に入る。
戻ったら空のカップを元に部分にしまうと洗浄が始まり、同時に尿量と比重が画面に現れ、ナースステーションに無線でデータが飛ぶようになっています。とても便利ですが入院中はトイレに出すことはなく、常にこの機械へ。

桃の節句。Day36

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 白血球2,980(4.000~8.500)、へモグロビン9.2(12~16)、血小板39,000(100,000~490,000)、網状赤血球1.95(基準値0.7~2.1%)、炎症反応0.06

 カップスープ半分だったのが、今は一杯分250ml~300mlを口にしています。
説明には150mlのお湯と記入してありますが、とても濃すぎて飲めません。
一ヶ月何も入れていない体にいきなりのスープよりは、お水から負担なく通した方がいいでしょうがお水・・・、何だか楽しめない。
普段はよく飲むのに、今はなかなか手が出せません。

 一日一杯のカップスープもなくなりそうだし、やや重いので、妻にインスタントのお味噌汁を送ってもらうようにお願いしました。
それと赤ちゃんせんべい、これなら食べられそう。

 夕方からは相変わらず、胸焼けと吐気、熱、そして悪寒を感じます。 寒気が続くので足の指は感覚がなくなる。 
まぁ、最近ずっとこのパターンですね。

 昨日久し振りに民放テレビを見ました。 
途中からでしたが「一ヶ月一万円生活」の番組はおもしろかったー。 なかなかやりますね、あれって自分で考えてしているの? アドヴァイザーがバックに付いていたとしてもいいんだけど、感心してしまいました。

 実は民放嫌いなんです。 
まずCMが入る事と、15分で終わってもいいような内容を1時間番組にし、CMまで引っ張り続け、CM後にまた同じ場面を繰り返す感じがたまらなく苦手で痛々しくも感じたりするんだ。 
全部の番組がそうではないのでしょうが・・・、僕がせっかちなんだね。 皆さんは感じませんか?
昨日の番組はある程度サクサクしていて、日々の献立を見せてくれ、気持ち悪いながらも(本人)、楽しませていただきました。 
また宜しくお願いしまーす。

写真. スモール&グレイト・スクール(学校のコンセプトです)より、ご好意で送って頂いたメールに添付してありました。 
2月中旬頃に届いた写真なのですが、長男、次男ともにお雛様を前になぜか嬉しそう・・・ 
給食後らしく長男はこれからグランドで雪合戦? 次男はこれからピーターパン?いや、失礼。

小さい頃の記憶。 day37

 昨夜もGVHDであろう熱が、僕の足先を悩ませてくれますが全体的にはとても順調。
毎日行なっていた採血は二ヶ月振りに今日はお休み。

 二交代制、夜勤勤務の看護師は、僕の主担当であるA看護師だった。
彼女は僕にいろいろな話をしてくれる。 
実はとんかつが好きな事、そして美味しいトンカツ屋さんがあったら並んでも行く事、ケーキ屋さんの美味しいお店情報、学生時代の話、旅行の話、くまのプーさんがとっても好きな事、そしてプライベートな話まで、楽しそうに、少し恥ずかしそうに話してくれる。

 この病院ではめずらしく白衣の上から「くまのプーさん」が大きく書かれたピンク色のエプロンをしてどちらかと言うと保母さんのイメージ。
しかし、ちゃんと看護師を心得ていて、僕の気分が悪い時はすぐに感じとり、声を静かに点滴チェックするとすぐに部屋から出て行ってくれる。これにはいつも感心させられる。

 夜11時半頃、足先の冷たさは残るものの、少し吐き気が治まったので(戻すまではいかない)、睡眠導入剤(レンドルミン)をもらうためナースコールを押す。
薬とお湯を持って来てくれた時に、僕が砂時計を握っていて、理由を聞かれたので軽く話し「でも子供ってすぐに変わっていたりするから、退院して返してもエッ?って顔されたりして」と、付け加えた。(2006.2/21に記載)

 そうしたら彼女、小さい頃の犬の大きなぬいぐるみの話をしてくれた。
大好きなそのぬいぐるみに毎日またがっていたらしく、黒くなり、だんだん熊の皮を剥ぎ取りそのままに形の敷物みたいになったんだけど、その後もずっと好きだったし忘れられない。って。

 そこで急に思い出したんだ。 そこまで大きくはなかったけれど、僕も大好きな犬のぬいぐるみがあった。
たぶん赤ちゃんの頃から年長さん(保育園)まで触っていたぬいぐるみ。
耳やお腹が切れると母に縫ってもらったような記憶もある。補修部分も繰り返しだった。かじったりしていたんだろうね。
ちょうどこの砂時計の色と似ていたというのは後になってから分かった事で、触り続けていたから色も変わり濃くなっていましたのを一度洗って驚いた記憶がある。

 彼女が話してくれなかったら、もう一生、想い出さなかったかもしれない、と思ったとたんに記憶がどんどんよみがえってきました。

 ちょっと感激しお礼を言ったら「男の人とぬいぐるみの話でこんなに盛り上がるなんて感激」だって・・・
なんか複雑だけど、体毛なし、眉なし、まつ毛なし、鼻毛なしのあやしい男も救われた感じです。

 もうひとつ、彼女にはぬいぐるみについてのエピソードがあるんだけど、秘密にしておきます。 
結婚できなくなると困るからね。???

 部屋を出た後レンドルミンを飲み、はて?妹は小さい頃何が大好きだったんだろう・・・ 
いつもくっついて来ていて、僕の友達達とよく遊んだ記憶は覚えている。もちろん二人でもよくあそんだ。
でも宝物にしていたのは、考えても考えても思い出せない、それどころか持ち物さえ覚えていない。
妹はきっと犬のぬいぐるみ覚えているだろうと思ったら涙が止まらなくなってきた。
もっと早めにレンドルミンを飲んでおけばよかった。 失敗っ。

時間は誰もが一緒なんだけど・・・ day38

 白血球WBC 3.800(4.000~8.500)、へモグロビンHb 9.6(12~16)、血小板PLT 49,000(100,000~490,000)、炎症反応CRP 0.02

 2ヶ月振りに採血をしない土曜日でしたが、今朝は採血あり。輸血の必要なし!よっしゃ!

 昨夜はタイミング悪く、眠剤を運んでいただいた時に吐気をもよおし、看護師さんが背中を摩りながらもどしてしまいました。
途中「大丈夫、終わったらコールします」と手振りで外に出てもらい、一人で心置きなくさせていただきました。
看護されると申し訳なくて集中できないんですね。 
もどしたものは毎回検査に出す為、常に用意してあるビニールに出します。
あとで看護師さんが回収していきます。ごめん。  献身的な看護師さん、感謝しています。

焦ってもいけないが、早く点滴の本数が少なくなり、この時期を過ぎていってほしい。

離乳食前? day 39

 食止め(食事を止めてもらう事)は続いていますが、一週間前から始めたカップスープやインスタントお味噌汁は続けています。

 移植後から薬を飲む為に最低量の20ccだけ摂っていた水分(さゆ)をこの一週間で150cc、そして500ccまで摂れるようになり今週末までには目標700cc。

 2回ほど「赤ちゃんせんべい」を試してみましたが、まだ離乳食は早いようでやめ、水分(ミルクは飲まないけど)にもう少し慣れてからにしなければ。
水分量は大事な指標になるのですが、ちょっと飛ばしすぎ。

 免疫抑制剤(サンディミュン)、今は40mgが続いていますがGVHDがほとんど引いてしまったので明日から下げる事になりそうです。
標準から見てとても早い事ですが、早ければ良いのではなく、やはりGVDHをある程度持続させ、GVL効果(今までの残ってるかもしれない細胞をしっかり叩き、再発を防止する役目)を出していく事が何よりも大事。

 どちらにしてもリスクはありますが免疫抑制剤を少なくし、吐気から少し開放されたら食事もできるようになるのかも?
いっぱいにかかっている点滴パックの数を少なくし、独り立ちしてゆきたい。 

 明日、妻が面会に来てくれるのでとても楽しみ。ガラス越しでなく会うのは久し振りです。 
やはり今後も独り立ちは難しいのかな・・・

 白血球WBC 2,730(4.000~8.500)、へモグロビンHb 9.0(12~16)、血小板PLT 44,000(100,000~490,000)、網状赤血球2.75 (基準値0.7~2.1%)、炎症反応CRP 0.05

 T主治医と楽しく会話した帰り間際に「そう、明日マルクします」だって。くっそー(笑 実は本人、ぜんぜん笑えない・・・。
(何回か説明ていますがマルク検査は、腰骨に太目の注射針を刺し、骨の中の骨髄液を抜き出すもの。思いっきり引かれる時のあの感じが何とも表現しがたい。)

嫌われ者のネオーラルくん。 day40

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 白血球4,130(基準値4.000~8.500)、へモグロビン9.4(12~16)、血小板63,000(100,000~490,000)、網状赤血球2.75(0.7~2.1%)、炎症反応0.05 数値、良い感じです。

 昨日話しましたサンディミュン(昨日現在40mg)の点滴を早速止めて、錠剤の免疫抑制剤、ネオーラル(朝、晩、各25mg)に変わりました。
通常、点滴から錠剤に変わる場合、倍の量、つまり僕の場合で言ったら80mgからスタートなのでしょうが、そこはプロのさじ加減なのでしょう。
いつも午後から気持ち悪くなり23:00頃まで続きますが今日は、今やや微熱ながら良い感じ。(現在20:30)

 このネオーラル、かなり嫌われ者らしい。
ある患者さんは雑巾の腐ったニオイと言い、移植前に同室していた彼は飲むたびに「うぇ~、半端じゃないですよ、牛乳の腐ったニオイがします」と言う。
「オブラートにくるんでみたら?」と彼に話し、実行したのですが「ダメです、飲み込んだ後にニオイが上がってくる、星野さんも飲む時期になったら言わずにはいられないですよ。うぇ~~」

 看護師さんも「ニオイがきついので、飲む30分位前に少しケースを少しめくって飛ばしたほうがいいですよ」とアドヴァイス。
しかし、同室の元気に退院していった彼の飲むたびに繰り返されていた誇大表現のおかげで、僕は逆に救われた感じ。
「なんでそんなに騒ぐの?」ってくらい封を開けてすんなり飲める・・・、僕が変なんだろうか?

 トラウマのマルクが終わった11:00過ぎに妻が面会にきてくれ、15:30に子供のお迎えに長岡へ帰っていきました。(面会者はここでの食事は禁止されている為、途中で足りない買い物とランチへ彼女は行く)
子供の事、お店の事、日ごろの出来事や医療費の事などなど、いろんな問題がありますが前向きに話し合いができ、今日はとても救われました良い日だったな。 
(医療費に関しては社会保険や高額医療控除にはとても感謝しています)

 これから現れてくるサイトメガロは今日も陰性。 
「さぁ、40日目だぜ、隠れていないでいつでもかかって来い!サイトメガロ星人よ!」

写真. こちらがネオーラルくん。僕は君を嫌っていないよ、これから宜しくお願いします。

残り30分前。 day 41

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 白血球2,800(基準値4.000~8.500)、へモグロビン8.7(12~16)、血小板59,000(100,000~490,000)、網状赤血球2.58(0.7~2.1%)、炎症反応0.05

 血小板輸血を行なわない状態で一週間が経ち、昨日数値が5万を越え、これで白血球、赤血球、そして今回血小板の生着が決定しました。ありがとうございます。

 昨日の話を繰り返してしまいますが、帰ってからの妻からのメールに、「T先生の言葉に気持ちが随分軽くなった」と書いてあった。

 T主治医は妻、主担当のA看護師さん4人で賑わっていた僕の個室で、笑顔で「残り時間30分ですね」
僕は直ぐ分かりましたが二人は一瞬、?マーク。 
R、「ラグビー、サッカー?」
T主治医、「サッカー。2-0で勝っているゲーム、攻撃もできるし、1点入れられたとしても逃げ切れる余裕がある」
はにかみながらも?説得力のあるその言葉はとても嬉しい。

 今日は彼女が買ってくれたお味噌汁をラウンジで頂きました。
ラウンジで知り合った方達と一緒に頂くのは本当においしい、いろんな体験をされてきているので刺激もある。
僕だけじゃない、みんな大変なんだ。

 今日は亀田興毅だ、頑張れっ!

写真. 土日、祭日関係なく、日に2回お掃除が丁寧に行なわれます。 いつも気になるのがこの靴のカバー、ちょっとかわいい。この方の髪はアフロ系やはり同じような帽子をかぶっているので中に興味をわかせる。(男性です、撮影許可済み)

一ヶ月半振りのスタートなるか? day 43

 今週の水分目標700ccでしたが、しっかりクリア出来たので、二日後くらいから流動食(離乳食?)の食事を頼んでみようと思っています。
ちなみに医科研の『加熱特別オーダー食/個人選択食』は名の通り、いろいろな食べ物から一つ一つチョイスできるシステム。

 主食(A)はお粥、パン、そうめん、煮込みうどん、卵粥、鮭粥。

 汁物(B)はお味噌汁、すまし汁、カップスープ、野菜具なしスープ。

 他(C)に、具なし茶碗蒸し、冷奴、煮豆腐、くず湯、フルーツ缶、赤ちゃんせんべい、たまごボーロ、クッキー、アイスクリーム、りんごシャーベット、プリン、レアチーズケーキ、ゼリー、コーヒーゼリー、カップケーキ、ホットミルク。
牛乳や豆乳はもちろん、テルミール(高栄養流動食)、カロリーメイトゼリー、100%各種ジュース、午後ティー、カルピスウォーターなどなど他にも。

 一食分で(A)から一品、(B)一品、そして(C)からはニ品選ぶ事が出来るので、三食分を併せると(C)の部分が一杯になるんです。
(朝、昼、晩そして日ごとに選択を変える事ができます)

 まぁ、食事をはじめると言っても空腹感がないので、ほとんど残す事になりますが、半歩前進、僕には大きな一歩。 
目で見て「ご馳走様でした」もあるでしょうが週末からスタートできたらいい。

 白血球2,390(基準値4.000~8.500)、へモグロビン8.7(12~16)、血小板69,000(100,000~490,000)、炎症反応0.05

骨髄、さい帯血移植で思うこと。 day 43

 昨日新聞を読んでいたら移植の記事が書いてありました。
国内で行なわれた非血縁者間(ドナーバンクより)の骨髄移植と臍帯血移植の合計が2月22日で一万件を越えたそう。
内訳は骨髄移植が7,146件、臍帯血移植は2,855件。

 この中には、一人で何回か繰り返している人もいるでしょうし、移植後急変して亡くなられた方も含まれている。
最近では医科研で知り合った前向きなおじさん、臍帯血3回目のトライ! 元気に退院してゆきました。
はじめ聞いたときは強い方だと感心しつつ、何度も繰り返しているのだなぁと思うと少しめげたり・・・。

 バンクへの骨髄登録者、HLAの合うドナーの了承を得るまで時間がかなりかかり、ドナー登録をされた方も年月が経ち、状況や仕事、体調等の関係でOKにはたどり着けないのが実際でそうスムーズにはいかない。 そうすると次の方へアプローチ。
(ドナーへはコーディネーターが入り、ご本人やご家族へ充分な説明をし、意思確認後はじめて進められ了解を得るそうです。結果、数ヶ月かかりますし、間近でキャンセルになる場合だって予想される)

 僕自身、今回は三回目の再発。
自家末梢血幹細胞移植も再発が決まった時点で10ヶ月前に行なっている。
ステージⅣで進行も早く、一日も早く治療が必要だったという事もあるのですが、骨髄移植の方が経験も多い事からリスクが少ないため骨髄バンクへダメもと?で調べた結果16名。
先生は微妙な数字だし、待てないということから直ぐに臍帯血移植の方向へと決まりました。

 骨髄バンク登録者は意思をもったドナーの方が多くなる事と、決まるまでの時間をもう少し短くなればと思うんです。 
もちろんボランティアですし、何よりもドナーの主張や安全が確保されなければいけない。
臍帯血の場合は保存が効く為、ドナーとの都合は気にしなくても良いのですが、なるべく新しい方が良いだろうし細胞数が多い方が良いとなると、やはり提供者数は多いほうが医師たちも選べる範囲が広がる。成功率も多くなるでしょう。

 バンクでお仕事をされている方達は熱心に輪を広げようとしていますし、実際に増えているのですがまだまだのようです。

 実際、僕も臓器移植提供者に登録していましたが、骨髄バンクには登録していませんでした。 
知識がまったくなかった事とお店の事で頭がいっぱい、ゆとりがなかったんですね。
しかも骨の一部を提供するのかと思っていたほどだったし、臍帯血に関してもまったく無知でしたから偉そうな事は言えない。
もう臓器も骨髄も血液も提供できなくなった人になりましたが、ドナーから頂いた造血幹細胞から生かされている事は言葉では言い表せないほどです。
献血は多くしていたので何となく良かったと思えたりするのも事実です。

 ちなみにT主治医は学生時代にバンク登録し、実際に骨髄提供を一度行なっています。

 誤解してほしくないのですが、登録をしてほしいと言っているのではなく、ただ少し知っていてほしいという事です。 

 臍帯血提供に関して新潟県は施設等ない為、提供したくても出来ないのが現状です。
しかし多ければ良いわけでなく、クォリティーを保たなくてはいけないので慎重でなければいけないでしょう。

 相変わらず、まとまりのなく、つかみ所のない文ですね、ダラダラとごめんなさい。
そして僕の説明は偏りがあると思いますので、病院等にボランティアの方達が説明書を配布してあると思います。そちらをご覧になったりネットからも簡単に検索できますので宜しくお願いします。

僕は美容師。 day44

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 昨日CVカテーテルを交換しました。 突然、生々しい写真をごめんなさい。(首の部分、静脈に通し心臓方向へ入っています)
入れてから約二ヶ月。 CRP(炎症反応)も低い状態だし問題ないようですが、そこが医科研、早め早めに入れ替えるんです。

 以前も説明しましたが、抗がん剤などや血液採取、抗生剤、栄養剤をすべて引き受けてくれている生命線みたいなものなのです。
カテーテル交換、緊張しましたが最後に糸で固定する為の麻酔注射がチクリと痛いぐらいでスムーズに終了。 しかし糸で皮膚を通している感覚はあまり気持ち良いものではないですね。

 二日前かな、週末から食事(流動食)をスタートする話をしましたが、時期尚早だったかな、まだ見たくない気持ちもあり、月曜からお願いしました。
夕方にインスタントお味噌汁(ドライフーズ&生ミソ)を飲むと言うより、ゆっくりよく噛んで食べたのですが、ずっと気持ち悪さが続いたので23:00頃、指を入れてもどす・・・。 
その後は眠剤を飲んで睡眠。 指を入れ楽になったしヨシヨシだ。
今朝はウーロン茶と赤ちゃんせんべいを口の中でクリーム状にしながら頂いたのですが、やはり消化しきれなく残ってしまうんですね、これからもゆっくりゆっくり。

 最近はヘア雑誌にも目を通せるようになってきたのがうれしい。
今までは気になっていても見たくなかったんです。 R'sに戻る為にもイメージしておかなきゃね!

血小板、10万突破。 day 45

 白血球4,300(基準値4.000~8.500)、へモグロビン8.9(12~16)、血小板105,000(100,000~490,000)

 血小板10万を越えました、まだ安定していないので多少下がる時もあるでしょうが、この速さは驚きです。 
前回の自家末梢血幹細胞移植の後もここまでは上がらず、退院後も10万はいかなかった。
やはりパワフルでステキな臍帯血のようです。 あらためて感謝します。

 あとは食事が食べられるようになり、サイトメガロウィルス抗体を持っている僕にしっかり現れ治療(二週間位)すれば、点滴もはずれてCVも抜けます。

 明日から5粥 小盛りからスタート 完食はまだ先になるでしょうがゆっくり食べようと思う。

 とにかく順調!

食事スタートしてみました。 day 46

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 白血球3,870(基準値4.000~8.500)、へモグロビン9.1(12~16)、血小板106,000(100,000~490,000)、網状赤血球3.27(0.7~2.1%)、炎症反応0.05 朝、体温36.6℃、血圧98/58、体重54.2kg(病衣込)

 今朝は体温が高くなく良い感じ、体重は水分でやや剥くんでいる、筋肉もなくお腹周りがブヨっとしていて気持ち悪い。
TBI(全身放射線照射)の影響で顔がややドス黒く見える、移植後の方達はだいたいそう。
皮膚にGVHGがひどく現れている方は赤みの方が強くでますが僕は現れず。
どちらにせよ、健康的に見えた方が前向きな気持ちにもなりやすい。

 そんな事を思っていたらお昼過ぎ、お世話になっていた元患者さんと少しだけ面会(退院後一ヶ月半経過)。
健康的な声、顔色と艶に励まされました。 続かなければ!

 食事がスタートしました。(一ヶ月半振り)
朝食は五分粥に梅干、冷奴、そしてトマトジュースを口にして、具なし味噌汁は口にせず。
昼食は冷たいお素麺少しとコーヒーゼリー、コーヒーゼリーは半分にしておけばよかったー、現在ややもたれ中・・・、具なし野菜スープは口にせず(塩分がほとんど入っていなく微妙な味と香り)明日はフルーツゼリーにしてあります。
夕食は五分粥、具なし茶碗蒸しなど選択していますが、どうなるかな?

 明日からハイカロリー点滴を止めて、アミノフリード(軽めのカロリー)に代わる予定、ちょっとだけ頑張ろ。

写真. 部屋から見える夜景。 久し振りに見ました。冷え性の私は暗くなる前にカーテンを閉めている。 ディズニーランドの花火も見えるそうです。

病気は必ず特典付きである。day 47

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 この頃はラウンジでなるべく食事しています。
と言っても食事は昨日からで、その前は三食を水分補給代わりにカップスープかお味噌汁をラウンジでいただく。
ラウンジに出てこられる方は3、4人ですが食事はやはり一人で食べるよりも楽しく食べられる。(体調や規制もありますが、気持ち的な部分もあるので無理に誘う事はしない) 

 ただ、夕食は末梢の冷え(指先)と、やや体調のすぐれないのでセミクリーンのベッドの上でいただいています。
まぁ「お腹がすいて、美味しく食べられる」までにはもう少し先になるだろうけど、集まってくる皆ポジィテブ会話から力を互いにもらい相乗効果は間違えがない! 

 毎回思うのですが、この出会いは特別な感じ。
初発の頃には71歳のおじさんと親友になり、今でも当たり前のように自宅へ電話をかけてきてくれたり、食事に行ったりする。
何でも話しをしてくるし、年齢からいえば大先輩でも遠慮なくズバズバものを言うし、申し訳ないけれどこれからもおじさん(ジイチャン?)には負けられないんだ。

 前回の再発時にも大切な仲間と多く知り合える事が出来、もちろんお付き合いは続いている。 
別れもあった。

 今回も刺激を受けています。
この階のほとんどの移植者は骨髄移植が受けられない臍帯血移植の方達。(臍帯血移植のメリットも多くあるので誤解なく。専門的に研究してる事もあり成功率は世界トップクラス)

 年齢、環境や立場、住んでいる地域もすべて違う。 
一時は「崖っぷち」に立ち会いながら知り合えた方達とはたとえ話しをしていなくとも互いに通じ合えるものを感じる。
明日はGVHDが皮膚に強めに出て移植後、苦戦していたラウンジでの仲間が退院してゆきます。 
さみしいけどすごく嬉しい。 
彼が本音を話す・・・、複雑な心境を持ちながら退院していくのは皆同じさ、再発は考えていてもキリがない。フィニッシュだよ!
さぁ、負けないで行こうぜ~~~~っ!!!!!  と、実は自分が一番気にしているのだ。言い聞かせです。

写真. 今日は日中の風景です。

満月とたまごボーロ。 day 48

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 食している中で唯一カタチがあるのが「たまごボーロ」。
おやつではなく食事のメニューの一つ。カルシウムが摂れ、味も確実にわかるようになってきた。

 食べながら裏に書いてある原材料名の最後にピロリン・・・ 
ピロリ菌入りなのかぁ・・・、へぇ~。   「エッ、エーーーーーーっ!!!!!」である。
治療とは関係なく脳が萎縮しているのか、シナプス神経チギレまくっているのか反応や読解力が衰えている(これは以前からですね)

 キユーピー株式会社が作っているこの商品、よく読むと「ピロリン酸鉄」。早速調べる。(遅いよ)
ダイエット食品なんかにも使われているようですが、基本は鉄の強化の目的で用いられる栄養強化剤、ベビーフードなどに含まれているそうです。
リンも含まれていますが安全性に問題はなく、赤血球を高めてくれる作用もあるそうで医療用でも薬として作られているようです。

 もう一つ気になりpcで検索。
マヨネーズ製品だけ「キューピー」と使い、社名は「キユーピー」。 
他の商品にも「キユーピー」と大きく書いてある。(間違っていたらごめんなさい)
もしかして知らなかったのは私だけ? 

 今夜は満月(Full Moon)。 
窓際で月光欲&写真を撮っていたら、昼食中にハッさせられた「たまごボーロ」と重なる。
色も形、みごとにそっくり!

 たまごボーロと満月、実はこの二つ栄養強化剤でもあり精神強化剤でもある兄弟だったとは誰も知るまい。 

写真1. 今夜のたまごボーロ。pm18:40 左側へ目をやると前回のタワーへと続きます。
写真2. ちょうど下にお台場へと結ぶレインボーブリッジが少し見えています。携帯からは見えないかも?

宜しく、ベナンバックス。 day 49

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 三日振りに採血をしました。(最近数値が安定してきているため)
赤血球内のヘモグロビンが少し下がっていますが今後の数値に少し注目なのと、キョーミノ(肝臓数値を抑える薬)を点滴しているにもかかわらず、GOT/GPT肝臓機能数値99/100でドンと上がってしまいました。
GVHDが原因とも言われていますが、経過観察をしていくそうです。
数値は日々変わっているので今後の結果を元に判断してゆくそうです。

午後よりベナンバックス。(カリニ肺炎予防薬)
まず加湿器のような細かい霧で気管支を広げる薬を吸い、その後は5分おきに仰向けになったり、左右横向きになったり、起きたりしながらまんべんなく肺に行き届かせるんです。合計30分程。
苦味が強く、思いっきり吸うとむせてしまいますが、他の治療から考えれば大した事はない。

しかし、器械からホースへ、その先にはトイレットペーパーの芯のようなものを口にくわえている事がつらい。
アッポン・口を開けたまま30分の姿はとてもマヌケです。それが嫌。
途中で芯をつぶし、多少のマネケさから脱出できましたが痛さを感じるような苦さにはむせ返してしまう。
初発時、後半戦治療途中に間質性肺炎でストップ、入院期間も一月半以上延びたイタイ経験もあるので、今回は最後と思いしっかり吸わせていただきました。 

写真. 昨日の夕食です。
五分粥、具なし味噌汁、具なし茶碗蒸し、加熱処理された梅干、パックの野菜ジュースなどが付いてきます。 
朝は茶碗蒸しを変えて冷奴(加熱処理済み)とトマトジュース。 毎日こんな感じですが今はこれだけで充分。 
食欲はまだでていませんが移植後1ヶ月半で食べられるのは順調。(写真では冷えている感じですが、しっかりと熱い)
お昼は冷たいお素麺少しとゼリー、ボーロ、具なし野菜スープです。

飛蚊症ってなに?day 50

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 飛蚊症(ひぶんしょう)。 僕はずっーと昔からそうだったようです。 病気ではない。

 中学生の頃に2,3日ブームになったことを覚えています。
どんな症状かというと、明るい所や、白い壁、青空など見つめたとき(たそがれているとき)、目の前に糸くずのような「浮遊物」が飛んでいるように見えるアレです。 

 2,3日で終わったのは、見える人があまりにも少数で面白くなかったのが原因だろう。
当たり前に見えていた一部の我らは、「見方がわりーがぁーよ、コツがあるがぁーて!」(長岡弁)と言うから短期ブームは当たり前。
あの頃、多くの男子、女子が見えなかったのは本当だったんだと今日、はじめて理解できました。
見ようと努めた方達へ、「忘れているかもしれませんが、大変申し訳ありませんでした。代表してお詫びいたします」

 その正体は目の中にあり、硝子体と呼ばれているゼリー状の透明な物質に何らかの原因で濁りが生じると影が網膜に映り眼球の動きと共に動くんだそう。(写真ご参考に)
母体内で胎児の眼球が作られている時は血管が通っているそうですが、眼球が作られると血管が無くなるのが普通、まれに血管の名残りが濁りとして表れる。
これは生理的現象で何も心配がないそうです。

 ただ、40歳位を継起にゼリー状から液状に変わる部分もあり、次第に収縮。
網膜から剥がれ(硝子体剥離)飛蚊症になるのは、髪が白髪になるのと一緒「アジのある老化現象」のひとつ・・・

 移植後、いつもの半透明糸くずの他に、つぶつぶが広い範囲で増え気になったので主治医に話したら眼科受診の運びとなり、眼科N先生にわかりやすい説明付きで入念に診て頂きました。

 結果、放射線や抗がん剤等の因果関係はなく網膜剥離現象もなし。 
無菌室から出てきて明るさを突然感じ見えているだけの事らしい、やはり40の壁は・・・、思い知らされました。
見えたかも人それぞれだそうですが治せるものではなく、慣れるもの。気にするなってことですね。 ただ急に増えた場合は網膜剥離の疑いがあるそうなので早めに眼科受診を!

 N先生説明はよしとして、ある製薬会社提供の小冊子から引用あり。マズイかなぁ、お見逃しを。

 白血球3,970(基準値4.000~8.500)、へモグロビン8.4(12~16)、血小板107,000(100,000~490,000)、網状赤血球3.32(0.7~2.1%)、炎症反応0.06、 GOT/GPT 118/132 サイトメガロウィルス(陰性)

リハビリしなきゃ。day 51

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 点滴は随分スッキリしてきました。
16日までは2,500ml(アミノフリード+ブドウ糖)+イノバン(腎臓の血流を増やし、尿を出させ腎機能をアップ)。
17日にはイノバンも止まり、輸液ポンプ(的確に流す為の器械)二つも外され、アミノフリード2,015mlに。
そして口から1ℓの水分を摂れる様になった為、本日18日 1,515mlに減りました。

 四六時中の点滴は一時間半おきのトイレを倍近くに延ばせ、眠剤には頼るものの、夜も2,3回で済むようになり気持ちよい朝を迎えられるんです。  朝がくる事はとても幸せなこと。

 昨日の眼科受診で、移植後はじめて一階まで降りましたがとにかく疲れました。
総合病院ではないので込み合っている事もなく安心ですが、自分の弱っている身体にあらためて驚く。
瞳孔を開くための点眼をし、一時間後に再度エレベーターで下りてゆくのですが帰りはもうグッタリ、もう笑うしかありませんね。

 今日から退院に向け7階フロア内を午前、午後に3往復のリハビリ散歩に励む事を誓います!
(看護師さんに尻叩かれているのさ・笑。 7階フロア内すべて準無菌室)

写真. 東大医科研では聖路加看護大学と協力し移植前、移植後の筋力検査をしています。 
それに伴い日々の運動量目安として万歩計をつけているのですが、移植後はじめて千歩を越えました!
パチパチパチ(拍手)記念のショット。ありがとうございます。
眼科のニ往復で二千歩近くいっていたのは驚きです。
いきなりでは疲れるわけです。焦らずゆっくりいかなくちゃ。 
移植前後はベッドとトイレの往復だけなので百歩いかない、この一週間前は五百歩前後、おかげさまで順調な仕上がり調子者です。

お次は正中神経かいっ。

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 リハビリ歩行二日目、ちゃんと続いています。
水分もなるべく1000ml以上飲むようにしています。
主食を五分粥、昼食はお素麺。おかずはお豆腐か具なし茶碗蒸し、それにボーロか赤ちゃんせんべい食べています。(ただし、具なしお味噌汁等は飲まずにインスタントのお味噌汁やスープを飲んでいます)
夕方から夜に37.5℃位までの熱が出てくるのはGVHDらしい。 
足を中心とした寒さは耐え難いけど朝には下がり、日中は36℃前後をキープ。

 二日前からは右足一部に続き左手の感覚がおかしく、今朝からは手のひらにも広がっていています。
昨日からキーボード打ちは右手のみ。左は親指と小指使用でボタンや薬をあけるにも時間がかかる。

 今朝、血圧を測るため左腕を圧縮したら凄く痛い。 
親指と人差し指の外側は『橈骨神経』、人差し指内側から薬指内側までを『正中神経』、そして薬指外側と小指を『尺骨神経』とエリアが決まっているそうで僕は真ん中の正中神経エリアが麻痺っぽい。
確かに外側と内側とでは感覚がまったく違う。

 四ヶ月位前にしたオンコビンという抗がん剤の副作用で手足全体の痺れは残り、握力や感覚は多少落ちているものの病院内での生活にさほど影響はないし時間が解決してくれる(以前も経験)。
今回のは慣れそうにない。
移植後続いている右足の指先もあらためて確認したら同じような感覚です。いったい何なのだろう?

 T主治医は真剣な表情でひじ内側部分を触りながら「ここが正中神経の経路なんですよ」と触診する。 触るたびに体が仰け反っているのにもかかわらず何度も続けてくる。
確認作業だから仕方ないのはわかっているけど半端じゃない痛さで思わず僕も腕を持って離すようにするが「ビーーーーン」と襲われるともう抵抗できない。

R「鬼っ!」
ボソッとT氏、「中年女性にみられる症状なんです」 
R「中年女性に・・・?」
T氏「家事などで無理をしたりするんでしょうか」、「何かここ最近、心当たりは?」
R「ん~、フロア内の散歩を始めたくらいで特別覚えがないですよ」
T氏「ん~、まずMRI検査してみないと現時点では判断できないですよね」
R「了解です」  
飛蚊症、40壁の次は中年女性・・・ ふぅ~、生まれ変わったはず、だろ?


 美容師にとって特に左人差し指内側と合わさる中指はシザーを持つ右手よりも僕は重要と強く感じています。 
常に髪を触り髪の落ちる位置を確認するのも、根元から毛先までの厚さ、重さ、毛の流れ、そしてダメージ度などを感じ取ってゆくのも左手。 
その中でも最も重要なのが人差し指内側と合わさる中指。
この二本の指はどんな質の良いシザーよりも欠かせないんだ。
 
写真. 朝食後のデザート。

入院、今日で半年。

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 去年の9月20日、長岡は青空のきれいな気持ち良い日でした。 
妻と二人で病院に向かった日です。

 お店はスタッフが一生懸命に頑張ってくれている。
スタッフは初発、再発を一緒に経験してきているので状況は理解してくれていますが、問題も次々にでてくるのも事実で当たり前のことです。
それを妻は前向きにとらえ、考え、対処し、スタッフもそれぞれ成長を繰り返してゆく。

 周りの多くの人たちに迷惑をかけています。 もちろんお客様へも。

 この半年間だけでなく、ずっとバタバタさせている。 お店でも家庭でも、どこでも。
以前からわかっていました。 
考えてもいました。
そこから実行ボタンを押せばいいことも理解していました。
実行しているつもりになっている事も多くあります。

 真剣に考えていなかった。
真剣に行動を起す勇気もなかった。
前進だけが進むことじゃない。
毎回、言っているようだけど深く真剣に考え、真剣に悩み、しっかり答えをだし「思う気持ち」を強くしなければいけない。

 一回だけ。  リセットは効かないし、戻りたいとも思わない。

 美容専門学校を卒業した女性が明日に入社します。
ご両親とも長くお世話になっていますから逆に想像すらしていませんでした。
アールズを選び、入社してきてくれて本当にうれしい。 
彼女にとっても美容師の第一歩がR’s:mewです。重く受け止めなければいけない。
これからの美容師としてとても重要な意味を持つ年度と考えていますし、僕自身もそうでした。 
真剣に育て我々も学んでゆきたいと思っているし、スタッフもそう感じていることでしょう。

 やはり、一回だけだからね。 宜しくお願いします。

写真. 1月2日に載せました写真の爪は先まで上がり、二枚爪になってしまうので削っています。
移植の前処置での大量抗がん剤で現れてきましたが、かなり薄くなっています。 
成長してくれているのだから僕自身も厚さのある強い爪にする様、しっかりとした生活を送れなければいけない。

そして今日、いよいよCVを抜きました。(1/6参考)

お彼岸。

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 昨日、CV(中心静脈穿刺)を抜き点滴スタンドや首までのラインも取れ、自立したカタチになりました。
うつぶせ寝や寝返り1回転も出来る身になったのにラインを閉塞しないように手で確認している。
僕にとっては生命線そのものだったのもあり、トイレに行くたびにライン、点滴スタンドを一瞬探してしまう。
(慣れるものですが、逆に抜いてからの適応力もワンテンポ遅くれる・・・)

 自立し、渇を入れるため今朝から特別オーダー食(流動食みたいなもの)を止め加熱常食にしました。
なるべくベッドの上で食べたくないのでラウンジのテーブル席に行き、3、4人の方達とお話しながら食べるように心がけたのは10日位前から(はじめはカップスープのみ)。

 比較的周りの方達は移植前など体調が良いのでぺロッと食べるので、今まではつられて食べていましたが、やはり常食はへビィー。 
今日は食べ物とずっとにらめっこ・・・、見ていてもなかなか減らないんものですね。

 WBC! 白血球(WBC)ではなく、ワールド・ベースボール・クラッシック。 
野球をこんなに真剣に見たのは久し振りです。(夏の甲子園以来)
いやぁ~、やってくれましたね! 常食よりも免疫力アップ間違いなしです。 ありがとう日本!

写真1. お昼にでました、ぼた餅です。 
春は牡丹餅、秋がお萩というのが正式らしい。漢字だと「なるほど」とおもう。
写真2. 20日にCVを抜いた後。 カテーテルを抜き、止血させる為に圧迫させテープで止めています。
この写真どの部分かわかりずらい(笑
(鎖骨下のアザのようなものが前回カテーテルを通した部分、今回は首に・・・、誤解されそう) 
「人体の不思議展」見られた方はハッとしたかも?我ながら検体されたモデルのようだ(苦笑
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引越しです。day55

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 個室セミクリーンから、二人部屋セミクリーンです。
部屋番号はちがいますが、転院してはじめにお世話になった二人部屋です。(12月の写真にパノラマで載せています)
冷え性の僕としては南向き部屋は最高。 陽もたくさん入り込むので遮光カーテンをしなければいけませんが、太陽の暖かさは最高ですね!
(GVHDを引き起こす原因にもなる為、移植患者は紫外線を今後も避けなければいけないのが残念)

 今日は引越し疲れでバテ気味。部屋の棚の出し入れだけですが・・・。
想像以上に体力がないことを自覚させられました。
歩行リハビリは続いていますが2000歩突破は2回だけだったので、これからは一日一万歩ではなく、『一日ニ千歩』を目標にフロア内のリハビリ散歩をします。
無茶な目標はつくらない、楽しく、テキトーが基本なので大丈夫。

 CVがはずれ、思い切りうつ伏せになれるので背筋もトライ! あごは1cmも上がらない、ベッドの上だとしても情けない。 
背中が丸まってくるのは当たり前ですね。
半年以上ベッドの上で過ごすので背骨が真っ直ぐになってくるそう(退院された方がある有名なカイロプラテックの先生に何も言わず診てもらったら直ぐに言われたそうです)
いろんな部分に負担がきそうなので、今から少しずつリハビリです。

 NKHラジオで高齢者用の体操をしていたので一緒にやってみましたが僕にはぴったり、まずはここからスタート。

写真. H看護師さんと話をしている時に「私、よく“少年あしべ”に似ているって言われるんです」 
僕にはそれが誰なのかわからず「誰、それ?」って言ったとたんに彼女の引いた様子が直ぐに読み取れた。
H看護師「星野さんジョーダンですよね・・・・・、えっ、マジっ?」 R「誰それ?」 H「・・・」
僕はマズイと思い、直ぐにインターネット検索、そしてイラストを見てもさっぱりわからず・・・
会話とお互いの行動がおかしくて最後には二人で大笑い。
彼女はそのままナースステーションに持ち帰り、他の看護師が部屋に入ってくるたびに僕に声をかけてくる。
ジェネレーション・ギャップ? 師長も含めみんな若いんだよ(それとも僕がジジィなのか)
仕舞いには他のM看護師さんはわざわざ「星野さんにプレゼント~♪」などと言って丁寧にも小さいイラストを400倍に拡大し持ってきてくれた。
プー太な僕は片手が使えないながらも立体的にしたくなり、ハサミで作ったのがコチラ。
結果3Dにはなっていない。何故かナースステーションカウンターに置いてある。なのでコメントを付けた。
ゴマちゃん「どんな事でも相談してね」、あしべ「大丈夫。医科研を信じて!」と。
主担当のA看護師、「星野さん、うちのスタッフみたい」 よしっ、これでギャップはなくなった。

お刺身に温泉。

 白血球4,410(基準値4.000~8.500)、へモグロビン8.2(12~16)、血小板119,000(100,000~490,000)、網状赤血球4.94(0.7~2.1%)、炎症反応0.05 GOT/GPT 59/90.

 明日は一泊外泊。
10日前位から計画はありましたがサイトメガロウィルスやGVHD等、いつ何があるか分からない状態なので言えませんでした。
先生方も予想はできないし、良い事だけを話してはくれない。
外泊は長岡に帰らず、品川駅近くのホテル。妻は今、一番忙しい時期ですから一人ゆっくりしてきます。
(忙しくさせている原因は僕である)

 楽天インターネット・サイト「楽天トラベル」より禁煙ルーム、清掃が行き届いているであろうホテルをチョイスしましたが、この時期はホテル予約が早く決まる為、出遅れたディ・トレーダーのように必死で探しまわっていました。(一週間前)

 移植後、外に出るのは始めて。何ヶ月ぶりだろう? 退院の準備リハビリとして行なわれますが予想より早かったので、正直気乗りしていないのも事実。 
左手、三本の指と手のひらは相変わらず神経異常が続き感覚がなく、物に触れないので少し不安ですが最初の一歩。テキトーに頑張らなくちゃ!

 移植後の生活のしおりを渡される。
電車、バスの交通機関は避ける。生もの(野菜、納豆や生たまごなども)を口にしない。
調理後2時間以上経過したものは避ける。ビュッフェタイプの食事はできれば避ける。不特定多数温泉、プールには入らない。
他にも制約はたくさん書いてありますが、自家移植から続いているので理解しつつも、やはり・・・
「お刺身に温泉」かれこれ2年半お目にかかっていない。なんて懐かしく後光の射したような言葉だろう・・・。

 ホテルの朝食はビュッフェタイプなので取り皿にとったらチンお願いします。(レンジ加熱)

 では明日、いってきます。

心地よい疲労感。

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 病院から出た瞬間、辺りを見渡しキョロキョロしてしまう。
久し振りの日差しは“No.2宮内りょうじ”ではない、“星野りょうじ”にもまぶしい。

 タクシーで少し回り道しながら品川プリンス別館へ。
チェックインを済ませホッとしたのもつかの間、寒い・・・。 
部屋の空調調節を見てもH,M,Lとしかなく温度計は24℃、フロントにブランケットをお願いしたところ
「お風邪ですか?」と聞かれました。
先ほど受付をしてくれた女性の声。「はい、そんなところです」と歯切りのわるい返事を僕はする。

 やはりマスクに帽子、メガネに歩き方はそうとうヤバそうに見えたに違いない。
彼女は少し待ってほしいと伝え、一旦電話を切る。
折り返し直ぐに電話がかかってきて、「宜しければ、部屋ごとに温度調整できるお部屋をご用意させてもらいましたがいかがでしょうか?」 差額分の料金は発生しないとの事、粋な計らいに感激しつつ、ちゃっかりお願い致しました。
そこが品川プリンス・エグゼクティブタワー。

 去年、映画館や水族館なども出来、エンターテイメント性を持った建物の上に続く部屋は禁煙室ダブルベッド、部屋は広く、景色も良い。
彼女は手早く受付を済ませ、部屋まで案内してくれるが僕の歩くスピードがとても遅く、途中から補助までしていただきました。
レセプション係りのSさん、感謝していいます。どうもありがとう。(風邪、信じてくれているだろうか・・・)

 早速、部屋温度を30℃まで上げるが寒気が止まらないので、持ってきた体温計で調べたら37.6℃。
やはりです。 
仕方ないので準無菌室と同じ28℃にし、布団に包まる。
夕食は移動中、念の為に買っておいたインスタントの温かいお素麺をエグゼクティブにすすった(苦笑

 熱がひいてくれた朝はビュッフェタイプのレストランをキャンセルし、そうではない和食専門店に入る。
気づいたんだけどビュッフェタイプは両手が使えないといけない。 
片手は使えるからスマートに食べられるものの普段両手を使えることに感謝しなくてはと、ここでも感じた。

 タクシーでツー・メーター。午前中に白金台の医科研に着いたが、このまま入るのもシャクなのでお散歩がてら近くの庭園美術館へ行き、猫とお花見、三分咲き位かな。

 二日間どうもありがとうございました。 とても心地よい疲労感です。

体験しなきゃ。

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 久し振りの歩行で昨夜から筋肉痛で歩行がうまくない。 
一歩一歩、ズキンズキンと響くので、どうせ痛いのなら大股で歩き歩行数を最小限に抑える。格好なんてつけていられない。
筋肉痛であれば筋肉があることになる・・・、スジ痛?腱痛?と呼ぶべきなのか・・・、まぁ、どうでもいい。

 今日一日ほとんどベッドの上で午後からはぐっすり睡眠。
いつもの微熱(37.5℃)はオマケですが無理は禁物なようです。

 明日月曜から検査は目白押し。
左指の無感覚症状検査で四肢部分のMRIと、採血、胸部レントゲン。
29日、指の原因検査2、脳MRI。
30日、採血、心エコー。
31日、ガリウムシンチ・レントゲンの前処置、かる~い放射線物質を体内に注射。
この注射、今回絶対にあってはいけないけど、ガン細胞など活動性あるものに集まる習性を利用し、2日後の月曜日に4,50分かけてのガリウムシンチ・レントゲン検査を予定。(あくまでも素人簡単説明。2005.11/17写真参考)

 レントゲン室までスタスタと行きたいところですが、この分だとマズイなぁ。

 最近の7階フロア内、歩行リハビリは1500歩~2000歩。外泊時は3000歩~4000歩でした。 
歩数でみたら、これだけの違いかもしれないけど外と中とではまったく違う世界。
どんあ事にも共通するけど、外に出てみないと分からないことは多いよね。これからもテキトーに楽しく行動してゆこうとおもう。

写真1. 24日外泊一日目、病院構内でのワンショット。構内には大きな桜の木が多くあります。
写真2. 庭園美術館(東京都迎賓館内)。 ゆっくり歩ける人だけに見つけられるんだ。

お隣さん。 day60

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 二人部屋の彼とは同じ歳。
今月22日の僕が越してくる2日前位までは体調が良くなかったらしく、患者同士ではほとんど話をしていなかったそう。
その反動なのか「頭が痛いなぁ」とアイスノンで冷やしながら、どんどん話しかけてくる。
見た感じと違い?とてもかわいい。 そして凄いのが情報量!とにかく感心させられる。

 再発、今回は移植していませんが「治験薬」で治療を進めていられる方なので制約が厳しく大変そう。
新薬を飲む時や、その後必ず採血するらしいが(血中濃度測定)、その時までもカウントダウンされて秒単位ですべて行なうんだ。
「5、4,3,2,1、はい採血開始!」血液を抜く先生も大変だ。
今はカウントダウンしていないようですが制約は続いています。 いろんな治療方法があるんですね。
もう少しで退院らしい、お互い頑張ろうぜぃ!

 先ほど彼が頭を抱えながらボソッ。
「なんか一粒でスッと治る薬ってないのかなぁ・・・」 思わず僕は「一粒でコロッとくる薬はあるのにねぇ・・・」
お互いいろんな経験をしているし、ここではかなりのブラックジョーク。
彼はかなり大受けし二人で大笑い。 相変わらずの星野、もっと口を慎めっ!

 腕のMRIは午後の3時頃呼ばれましたが、ぐっすり睡眠中でなかなか動けない。
外泊の疲労感がここにきて増している感じだ。明日はきっと大丈夫。

 白血球4,320(基準値4.000~8.500)、へモグロビン8.7(12~16)、血小板124,000(100,000~490,000)、網状赤血球3.64(0.7~2.1%)、炎症反応0.06 GOT/GPT 51/67 尿酸5.8(抑える薬を一日二錠飲んで) 数値、良い感じです。

写真. 今日の夕食です。 ご飯小盛りにして頂いています。 367カロリーと書いてありましたが、しっかり残しています。 調理師さんごめんなさい。

この時期感じること。

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 年度末はちょっとさみしい。
ここ医科研でも退社される方が何人かいて、自分の最終日に声をかけてくれる。
31日まであと3日あるから、まだいるかもしれないなぁ。

 美容師をしていてやはりこの時期、お客様の挨拶がある。 
移動や大学、予備校や海外へさまざま。 
でも不思議な事にこの時期の方達のお別れは、さみしいと同時に刺激も一緒に受けるんだ。
今回も同じく。

 少し体験して、「この業種は自分には合わないから・・・、もっと条件の良い所があるんじゃないか?」と思い描いている人は、ここには登場しない。

 目標を建て、それに向かって進んでいるから挨拶してゆく顔もキラキラしている。

 R’sの掲示板にも書き込みがはいったりしていますが、やはりこの時期の別れがあるようですね。
みんな目標に向かって進んでいるので聞いている僕にも刺激が伝わってきます。

 R’s:mewにご来店頂き、この4月から遠方へ越される方へ
本当にありがとうございました。新潟に来られる時は桜が咲いていない時期でも是非遊びに来てください。 
お茶ぐらいですが、僕はもちろんスタッフも楽しいにしています。

 明日は三男の卒園式。
長い間、保育園にお世話になりました。 出席したかったけど仕方がない、ごめんなさい。
いつものように元気に大きい声で返事しような! 声が届くかもしれないね。
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写真. 外出許可が下りたので病院敷地内を30分散歩です。大きな桜の木はもうすぐ満開!

新月の考え方。

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 今日は病院の「衣替えの日」でした。
毎週水曜日はシーツ交換日、お風呂の時間が丁度その時間、ゆっくり半身浴して温めた体で部屋に戻ったら部屋の雰囲気が様変わり。
窓カーテン、二人部屋のプライベートを仕切るためのレールカーテンの色が暖色系のクリーム色から清潔感あるグリーン色に変わっている、カーテンを変えるだけで随分イメージが違いますね。

 午後一番でお得意?の脳MRIレントゲン。 2日前の腕のMRIよりやや短い30分ぐらいで終わる。 
しかしあの機械、何億、何十億円するのかわかりませんがリズム感のない騒音は何とかならないものか。
「シュゥシュゥシュゥ・・・ドンドン・・・カランカラン・・ガンガンガン・・・キーーン・・ギィーーン・・・カラン・・・グゥオングゥオン・・・×○△□」大音響だ。
この音、聴くたびに狭い筒の中で笑ってしまう。(時には寝てしまう)
ヘッドホンからは乾いたクラッシックが流れている。

 レントゲンの後、神経内科のW先生に初めて診ていただきました。
以前も話しましたが、東大医科研は総合病院でないため、週一で専門医の先生が「お助け隊」としてお見えになります(移植の事を知り尽くした、各専門、凄腕先生方々)

 僕のような症状の出かたははじめてらしく、ひじを中心とした腕のMRIを見ても問題なく、丁寧にいろいろ説明していただきました。 
脳のMRIは放射線科の先生がチェック中、たぶん問題ないらしい。あっても困る。
 
 特に三本の指は触っても感覚ないのに痺れを感じ、最近は痛さも感じるから不思議。
指の正中神経麻痺は太りすぎた方や手首をよく使う方に症状が現れたりするそうですが手首ではなく、ひじ内側の正中線が通っている部分がおかしいらしい。
足の指にも症状がある。 オンコビン(抗がん剤)の影響は手足指先に残っているもののそれとは別物、時間が解決してくれる事に期待したいが・・・。

 W先生は、その道にかけている先生を紹介しオペという選択もあると。
そうすれば治るんですか?の質問に、直せない場合もある。それはそうだ。
現在左手は使い物になりませんが、答えを急ぐのはまだまだ早く、当分様子を診るしかありません。

 でもよく考えたら、足先と左手ぐらいで済んでいるんだからラッキーなんだ。

 今日は新月。 冷たい風も吹き、月の光がない分、東京の夜景がきれいに見えてる。
月の光がないからエネルギーがないわけでなく、星を輝かせ、夜景をはっきり見せる。みんな考え方だね。

写真. 前回の猫とサクラ。 絶対に目を合わせてくれない。猫、本来の習性だけどくやしい。

ローカルな話。

 移植が終わり経過は良くとも、すぐれない体を引きずり3,4人が集まって食事をしている方達のラウンジまで行き、笑いながら水分補給をしていた頃が懐かしい。

 さい帯血移植3回目の明るい鉄人Aさん。同年代で雰囲気あるYさん二人は少し前に退院。
父と同世代、昔アカセン好き今は蕎麦好きのKさん。どう見ても50には見えないギョウカイ系仕草が少し気になるUさん二人は移植をしないようなので6階へ昨日移動。
そして今日はお隣ベッドの情報通、同じ歳のSさんまでが退院していきました。

 お世話なった看護師さんらも何人か退社や移動で自分の最終日にポツポツ挨拶にくるし、先ほどはアフロヘア(へーパーキャップをしているので想像のみ)ホリケン似の掃除の方まで最後の挨拶をされてしまう。

 今晩の食事は大きな8人がけテーブルに僕一人。ベッドで食べるよりいいと思いつつ・・・。

 この前、この時期の別れは刺激も強いと書きましたが、こう立て続けにこられるとやはりサミシイ。
T主治医は大丈夫として、引越ししたばかりの大好きな主担当のA看護師。今日はお休みだが明日もしかして・・・、少し前に辞めないと言っていたが患者とのルールもあるし、プロだし。 
ヘタな想像をしてはいけないけど覚悟しておこうかっ。
僕もそろそろ何とかしなければ。

 心臓エコー検査が終わり、7階に戻ってきたら、Yさんが奥さんと受診ついでに顔を出してくれていた。
彼はGVHDで皮膚に強く現れ手もひどく乾燥するらしい、綿の手袋にビニールグローブを付け身の回りの事は奥さんがしているそう。(奥さん本人がそこを熱く語る・笑)
移動する時も一緒だし大変だ(楽しんでいるようにも見える)。 僕はまだ片手が効くから何とかなるかな?
Yご夫婦、ガンバレ!

 ついでにR’sスタッフも頑張れっ! そしていつもありがとう。 
この春、移動する人たち、残る人たち、そうでない方達もみんなみんな楽しくがんばろー!
長岡方面はまた雪が積もったんですね。
夜は橋の上など凍結しているでしょうから運転される方は頑張らず、力を抜いて慎重に。

白血球4,500(基準値4.000~8.500)、へモグロビン9.5(12~16)、血小板127,000(100,000~490,000)、GOT/GPT 62/79 炎症反応0.06

年に一度の刺激物。 day64

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 午前中、2階へ放射線物質を体に注入してもらい1階ロビーでペプシを飲みました。
普段はお茶ばかりで炭酸飲料は飲まないんだけど、年に一度無性にコーラ飲みたくなる日がある。 それが今日だった。どうしてだろう?
放射線物質が隅々まで行き渡りそうだ。 3日後にガリウムシンチ・レントゲンをするための前処置。

 一揆に飲めないペプシをロビーで自分なりダイナミックに飲む。 ゲボッ
親しくなった受付のおばさまと桜の話をした後、冷え性な僕は日に当たらないギリギリのソファーに座り一人ボッとしていたら「星野さーん、こんな所にいちゃっていいんですかー?」
外来できた彼は二人部屋で一緒だった。 彼は弟からの骨髄移植者、順調に回復している。

 彼の採血後、一時間空いていたので7階に戻り着がえをし、外出届提出。 お昼を外で頂く事にしました。
最近、移動や退院など別ればかりだったので楽しい時間が過ごせてよかった。

 その後は胸、腹、骨盤のCTレントゲンを受け本日のメニューは終了。

 明日から退院の為の第二弾リハビリ。 
二泊三日の外泊です。 妻はとても忙しい日々に追われているので今回は僕の好きな日比谷公園の近くを予約。
みんな忙しくしているのに申し訳なく思う。すいません、行って来ます。

写真. 医科研前にて。 枝垂桜も色づいてきています。
手前は現在使われていない明治生まれ病院の建物、後ろに見える建物が現在の東大医科学研究所付属病院。 
マスクに帽子、あやしく見えます? 外出時はこのスタイル、歩く速度はおばあちゃんにもかるく越され、常にイスを探す(苦笑
プロフィール

R Y O J I

Author:R Y O J I
リョウジのヒトリゴトです。
2005.9.20よりブログ開始しました。
今後とも宜しくお願いします。

●発症、経過は2005.12.4に記載。
●ブログの動機は2006.1.22に記載。
●四度目の再発の想いは2006.7.1。

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